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寿司:今でも私を動かす熱意

 寿司といえばなんのネタが好きか。一つに絞るのはなかなか難しい。私のなかでは、ずっと不動の一位だったサーモンがはまちやえんがわに地位を譲りつつある。そして、自分へのご褒美というときには中トロなんかも食べるのだが、これまた口のなかでとろけるとろける。実に危険なネタだ。

 だいたいの場合、寿司といえばスシローやくら寿司なんかにいくのだが、誕生日の場合や旅行へ行った時などは、少しお高い寿司やさんに入るという特別感を味わうのだ。

 特に、小学生2、3年くらいの時に、家族で北海道へ行った時のお寿司やさんは印象的だった。言うまでもなくネタは新鮮で、その大きさは贅沢すぎるほど大胆に皿を埋め尽くしていた。

 もちろん、あの時の寿司の味も忘れることができないほどおいしかったのだが、私の記憶に染み付いているのは、そのお寿司屋さんの大将の言葉だ。

 私が注文した寿司を美味しそうに食べていたその時のことだった。

「あ〜そんな食べ方しないで!もったいない!」

 大将は私の寿司の食べ方を見て、少し怒ったようにそう言った。驚く私に大将は、寿司は一口で食べるのが美味しいんだ、と教えてくれた。

 一口で食べた方が良いということは聞いたことがあったが、それはマナー上のことだと思っていた。その食べ方が、味わいにまで影響するなんて。

 とはいえまだ小学生の私には、皿いっぱいに広がるネタは大きすぎて口のなかに収まりきらなかった。無理して食べようとする私を見て、次に大将が出してくれた皿には4貫のネタが載っていた。

 さっきまで2貫だったのにどうして?私が不思議そうに大将を見上げると、どうしても一口で食べて欲しいからこうするんだ、と彼は言った。二口で食べてしまうと、繊維が切れておいしさが半減してしまうんだとか。

 それを聞いてから食べた小さなお寿司は、それまで以上に口の中でとろけ、美味しく感じることができた。彼の必死の形相に、このお寿司は職人さんの魂がこもった料理なんだという実感が、子どもながらにあったからかもしれない。

 それからというもの、私は無理をしてでも寿司は一口で食べるようにしている。そんなに口が大きい方ではないので、一口で食べる方が不格好でマナー的によくないのではないか、と感じる時もあるが、それでも一口で食べることにこだわる。

 それは、あの時のあの大将の寿司に対する熱意に今も動かされているからにほかないだろう。