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狂気の老職人がつくる本物の松前漬を買う



本州よりも桜の開花が遅い北海道。
その中でも青森・下北半島と津軽海峡を挟んで南端に位置し、松前藩の本拠地があった松前町は、北海道の中でも最も早く桜が開花して、松前城(正式名:福山城)ではこの時期桜祭りが行われる。
桜を見に、函館から約二時間、松前町まで行ってきた。

松前 桜祭り

桜祭りというだけあり、松前城の桜は見事だった。ひとしきり見て、帰りにまあ折角松前まで来たんだから松前漬でも買って帰るかと、松前漬の店を調べた。
通り沿いにいくつか松前漬の店はあり、どこがいいかわからん。

Google Mapで口コミを見ながら探すと気になる店が。



つまり、
・かなりクセの強い店主が蘊蓄を聴かせてくる
・蘊蓄を聞かないと買えない
・上から目線で他を紛いものと言う(口が悪い)
・でも美味い(こんなに酷評されてるのに味は美味いというレビューばかりで、まずいというレビューはない)

これはフードサイコパスな私の琴線に触れまくる。こういう店主や店の対応でめちゃくちゃ低評価が付いてるのに高評価も多く、味は美味いという評価の店は、間違いなく美味しいものがある。

しかも、こちとら学生時代からクソやば居酒屋で偏屈な老人に絡まれまくって、この手のホンモノの対応はお手のものなのである。

これはここで松前漬を買うしかない。

とはいえレビュー見る限り相当マジな店主だろうことは予想されるので、ちょっと覚悟しておく。子供は車に置いて行く。
子供を連れて行ったが最後、もはや客と認めてくれないこともあるからだ。

Google mapで示された場所は松前城から程近く、店構えも老舗感があるどっしりとした風格があり、期待が高まる。

※画像はGoogle Mapから



店の入り口に綺麗な桜の盆栽の細工と、「世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし」と在原業平の歌が綺麗に書かれた軸がかかっている。

入り口から覗くと店はがらんとしている。

入って、大きくもなく小さくもない声で「こんにちは〜」というと帽子を被った店主が出てきた。来店者はまばららしく、驚いているような雰囲気で、「だれからか聞いてきたの?」と。

店なんだから聞いてこなくても客は来るものだろうと思ってはいけない。ここで既に店主による面接は始まっているのだ。

「あ、はい。函館の人に松前漬買うんならここが元祖で美味しいから間違いないと聞きました。」と答える。

嘘である
たしかにここが元祖で美味しいと言うのは聞いた。Googleで。

「そう。」
「松前漬の材料はなにかわかる?」


キタ…!もう最高である。
唐突なクイズ…!頼んでいない。
オーディエンスもテレフォンもない。

しかし、伊達にWikipediaのジミーウェールズに毎年寄付金を納めている訳ではない俺の知識を舐めてもらっては困る。

「イカと、細切りの昆布と…数の子とかですかね…?」と答える。

店主の小さめの三角の目がキラリと光る。
これは間違えることが決定されているクイズなのだ。

「あんまり言いたくないけどね、うーんと、それだと100点満点で10点だね。」

…めちゃくちゃ採点厳しい!
ちなみに答えはと言うと、干物のイカ(スルメ)と昆布だった。

いやほぼ正解だろ。配点割合どうなってるんだこのクイズ。

それに続く店主の説明は、かなり長かったが、要約するとこう言うことだ。

・みんな松前漬を誤解している。
・待てない、手軽なものを求める消費者が松前漬をおかしなものにしてしまっている。
・その辺の松前漬はみんな冷凍庫で保存している。松前漬というからには漬物で、発酵食品のはず。なのに冷凍しないと保存できないのはおかしい。
・砂糖やら調味液やらをゴリゴリ後付けで入れて、あんなものは松前漬ではない。
・数の子やら蟹やらウニやらを入れて松前漬でございとそんなものを欲しがるならわざわざ松前で買わなくても最寄りのスーパーで買え。
・本物の松前漬は天然に干されたスルメと昆布を塩、醤油で漬けたもの。発酵させて自然の旨味だけで作る。




…なるほどすぎる。
店主は三角の完全にキマっている目をしているが、言っていることは至極まともすぎる。
美味しんぼなら、一度土をつけられた士郎と栗田ゆう子が、この店主と出会って本物の松前漬を海原雄山に叩きつけて勝利をもぎ取る展開になるはず。

なんとか面接に合格したっぽい俺は、味見をさせてもらった。
これでまずかったらどうしよう。

※画像はGoogle Mapから


プラスチックの漬物鉢から、一口より少し多いくらいの量を竹の皿に出してくれる。
ねっとりとした松前漬だけれど、自分が持っていたイメージと違う。
店主の話していた通り、スルメと昆布だけが目につき、数の子は粒々が少しあるかな?程度である。

爪楊枝で食べてみる。

…めちゃくちゃ美味しい。

昆布とスルメの乾燥によって凝縮された旨味が、漬けられたことによって深く一体となって、昆布とスルメの両方に還元されている。
余計な甘ったるさはなく、自然で、それでいて力強い味がある。

二種類出してくれて、いずれも美味しい。
一つは松前漬、しかしこれでも最近の客に合わせて少し調味し、本来は入れない数の子を不本意ながら入れているとのこと。
もう一つはソーラン漬。白イカとがごめ昆布を白醤油でつけたもの。これも負けずに美味い。

「こんな当たり前の松前漬のことをこっちも態々説明したくないんだ。客も聞きたくないだろうし、こっちもこんな当たり前のことを説明したくないんだ。疲れるし。」
説明は頼んだ訳ではない。

しかし、店主の言葉の内容はしごく真っ当である。

多分長年、職人として「本来の松前漬」がどんどん違うものになり、有名な松前漬として流布されるものが本質と外れることにすごく失望し続けていたんだろうな…と思う。
それと同時に真摯に作り方を守って、当たり前の本物の松前漬を作り続けていたんだろう。

そのやるせなさが、店に来る人には説明せずにいられない長い蘊蓄になったんだろう。
他の松前漬への悪口も含めて、「なんとか本物の松前漬を知っていてほしい。本当の松前漬はこんなに美味しいんだ。」という店主の切なる願いである。
口の悪さはその思いの真剣さの現れだ。

松前漬と、ソーラン漬、さらに数の子を入れず調味もしない塩だけで作った本物の中の本物、「特製松前漬」をそれぞれ買って帰ることにした。
本物の中の本物「特製松前漬」なんて、もうこれ美味しんぼの世界だろ。

特製松前漬(奥)はかなり塩味が強い。ご飯と合う。
そうらん漬(左)は上品な味。
松前漬(手前)は甘みがあり、食べやすい。



とにかく、松前漬への誤解は解けた。
正直、松前漬ってよくある観光地の土産物で、数の子のやつねって印象であんまり好きじゃなかった。
でもこれはめちゃくちゃ美味しい。
松前漬、是非食べてみてほしい。

https://maps.app.goo.gl/Ax75yfhqe5UNSLKd6?g_st=ic

http://www.tatunoya.com/

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