見出し画像

季節は移り変わり、夏に向かっている

今日は夕方に食糧の買い出しに自転車を近くのスーパーまで走らせた。いつも片耳にだけイヤホンをつけて、自転車を飛ばす。だけど、今日はなんだか外の音を聞きたいと思った。

家の中にずっといて、結構な割り合いで音楽をかけている。気がつくと、流している音楽はあまり入ってきていない。気がつくと、ただなっているだけだ。

耳をそばだてても、特に何も起きない。歌詞が入ってきたり、歌詞を口ずさんだりということはしない。したくないというよりも、全くそういう感じがない。

音楽を聞く時は、曲の感じが好きかどうかで、あまり歌詞については意識していない。すべての曲においてということではないけど、自分の好きな曲調かどうかということは重要だ。

以前はバラードでしんみりとするときに、一人でいる時などに音楽を聞くことが多かった。だけど、いつの頃からかちょっと元気になるような、気持ちの上がる曲も、自分のモードを変えたいなと思うときに聞くようになった。

Apple Musicで様々な自分が選曲したら絶対に入らないであろう曲も、様々な切り口から出会うことができる。そういうこれまでには出会ったことのない音楽との出会いも最近は楽しんでいる。

いろいろな音楽に触れるということを意識的にするようになってから、自分の気分によって、聞く音楽を変えたりするようになった。

いつもイヤホンをしているから気づかなかったのか、今日から鳴き始めたのか、そこはわからないけど、虫たちが夕方に鳴いていた。

おそらく昨日は鳴いていなかったと思う。今日は暖かい1日だったから、虫たちも活動を始めたのかなってことを思う。

そとで風を感じて、のんびりと日向ぼっこしたり、緑のある場所を散歩したりということを、この春はしていない。

家にいるということが多くなっている状況の中で、なんだかそういう季節の移り変わりを感じることが少ない。自転車での行き帰りだけだと、本当に限られた様子しか見ていないのだなと思う。

自然を通して、自分の中に入ってくる情報がすごく減ってしまっているのだなと思う。先日雨が降っていたけど、止んできて、その時の空気は雨が降っていた時よりも暖かく感じが変わったなということを感じ取っていた。

自分の中にはセンサーがあって、そのセンサーが起動すると、なんかうれしくなる。季節の移り変わりを、全身で感じるのはとても気持ちがいい。

今日外に行くときに、音楽を聞かないて、外の音を聞きたい、外の様子を感じ取りたいなと思ったのは、そういう自分の中での不足している感じから来ているのだと思った。

自分の感じていることに素直になって、そのままに外に出て行ったのだった。

そんなことを先日思っていたのだった。もうこの今日からは1週間以上、時が経っている。この時くらいから、自分の中での渇望を感じていたのだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?