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休学一代記 #6 期待される姿ではなく、等身大の私たちで。

大学を休学して1年間、地元新潟で「このめ」という団体を運営したはまのと仲間たち。
このめとは▷▶︎ http://konome-nangyo.com

このめメンバーは4人、ひとつの家を借りて1年間シェアハウスをしました。

休学した1年間のことを「休学一代記」としてまとめています。


シェアハウスのこと、活動のこと、地域のこと、関係の変化、etc、、、


4月から、スタートダッシュを切ったこのめ。
この地域には珍しい、大学生という存在。

「何か巻き起こしてくれるかもしれない!」
「この地域を変えてくれるかもしれない!」

そんな期待はヒシヒシと感じていた。

しかし、5月が過ぎて6月くらいになると、初めの頃のようなフィーバーぶりは落ち着いてきた。良くも悪くも、期待されなくなったのだと思う。その理由について、少し自分なりに考えてみたい。

当時の私たちにとって、このめが自己実現の場だった。

地域を元気にしたい!だとか言って始めたこのめだったが、純粋にそれだけの気持ちで休学して南魚沼に来たわけではなかった。

進路に迷っていたり、自分の実力を試してみたかったり。
やりたいことがあるというよりは、何かをやっている何者かになってみたかった、そんな気持ちが強かった。

だから、私たちは利益だとかは全く追求しなかった。
お金を稼ぐのが目的ではなかった。
地域のために、そんな気持ちも少しはあったけれど、1番は「自分たちのために」だった。
何者かになりたいという、ただそれだけだった。

会社を興して稼ぐような覚悟もない、生半可な気持ちでしている私たちの活動に、生活を賭けて稼いでいる人達が協力したいと思うだろうか?

ビジネスで生きている人たちは少しずつ離れていった。
私たちといても、お金は回らないのだから。

「教育はお金にならない」

私たちが取り組んでいたのは「中高生のキャリア教育」だった。
当然、学校や中高生を相手にするから、なかなか利益は生まれない。だからこそ教育が疎かにされてきた歴史があるのだけど。

地域にはお金を稼ぐことを念頭において活動する人と、そこまでビジネスに執着しないで活動する人がいる。
それは性格の問題とかではなくて、職種や立場の違いだと思う。

休学していた私たちは、極論お金を稼がなくてもよかった。バイトをして、月に7万くらい稼いでいれば暮らせた。

それが休学している大学生の良さでもあるのだけど、期待されていたような「地域おこし」の姿ではなかったのだと思う。
「地域おこし」に繋がるようには見えなかったのだと思う。

まずは教育の前に、仕事だ、お金だとよく言われたのが印象深い。
みんな家族を養って、自分も生きていかなければいけないのだからその考えは当然だった。

「草刈り」をしなかった。

例えば草刈りみたいな、めんどくさいけどみなが当たり前にしていることをやらなかった。
実家に帰省してきた大学生気分のままだった。

当時はUターンして就職する覚悟も決めてはいなかったし、ここで暮らしていく覚悟もなかった。
せっかく手助けしても、1年経ったらどこに行くか分からない。それだけを考えれば、手助けするメリットはないに等しかった。

地域の人に信頼されるには、ここで暮らしていく覚悟が必要だった。

草刈りだとか、雪かきだとか、地方に暮らすからこその仕事をちゃんとこなすことが大切だった。

等身大の私たちで。

でも、期待されなくなったことである意味動きやすくなった。
等身大の私たちで、私たちらしく活動することができるようになった。

期待されている姿はあったと思うけれど、それに必ずしも従う必要はなかったと今なら思う。
なぜなら、「私たちがやっている」から。

6月になり、中高生と地域の人たちが関わるイベントの続編を開催した。

有志の高校生と一緒に企画して、来てくれた人には満足してもらえるような会になった。
「このめ」としての長所が認めて貰えるようにもなってきていた。

今思えば、このめとしてみんなで心を揃えて活動できていたのは6月7月辺りがピークだったかもしれない。

【おまけ】地方移住のハードル高すぎな件

移住するにあたって、もう永住するような覚悟を持つことを求められがちだけど、あまりにも重すぎないかなって思うことがある。

移住するやいなや、結婚だ子供だって言われたらあまりにも窮屈な気持ちになるだろう。

まあでも、せっかく時間を割いて手助けしたのに、すぐどっかに行ってしまっては地域の人たちも面倒だと思う。せっかくバイトを1人前に育てたのにすぐ辞めてしまうのと似ている。

だからこそ、定住するかまだ決めかねている人たちの受け皿は必要だとも思うなぁ。

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