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三日間の箱庭(29)クラムシェル(2)

前話までのあらすじ
 BSCにより示された4日目への可能性。
 クロスライトはその会見を受け、世界の人々にメッセージを送るべく特別番組の放送を小鉢に依頼する。
 番組の中でコメンテーターとして呼ばれた科学者たちは激論を交わす。
 中でも、鈴木教授の意見は強硬に4日目を否定するものだった。
 しかし、他の科学者たちはBSCの意見に賛同し、その可能性を否定しない。森田のMCは鈴木を無視して進行する。

 4日目の可能性は、いったい何%あるのか?

 森田の興味はそこにあった。


■クラムシェル(2)


「そ、その確率って、どのくらいなんでしょう?」
 思わず声が上ずる。森田の問いには御手洗が答えた。

「う~ん、森田さん、下井教授がおっしゃってたのは、このループを起こした原因が、超が100個ぐらい付くほどの低確率の、しかも二つの現象によるものだとすれば、ということなんですよ。あくまで私のイメージですが、本当に超低確率の二つの現象が原因だとすると、それを阻害する要素がほんの少しでもあるのなら・・」
「あるのなら?」

 森田は答えを急いた。

「この3日間のループが止まる可能性は、ほとんど100%ではないかと」

 バンッ!!

 “100%”、御手洗がそう言った瞬間、テーブルを激しく叩く音が響いた。鈴木だった。
「ふんっ!なにが100%だ。馬鹿馬鹿しい!私は失礼するっ!!」
 鈴木は声を荒げて席を立とうとするが、森田は無視した。
「4日目への可能性は100パーセントッ!かもしれないっ!!ではここでテレビの前の皆様、配信でご覧の皆様!お待たせいたしました!ライトクロス様の降臨です!!」
 立ち上がっていた鈴木は、ライトクロスと聞いて慌てた様子で席に戻った。スタジオの照明が落ち、登場した来斗をスポットライトが照らす。
 ゆっくりと席に着く来斗を鈴木は目で追った。

 まず森田が口を開く。

「ライト様、これまでの内容は聞かれたと思いますが、いかがですか?御手洗教授と下井教授は4日目の可能性を100%とおっしゃっていますが?」

 来斗は穏やかな口調で話し始めた。
「はい、僕は科学者ではありませんからなんとも言えないのですが、今日の会見と先ほどから先生方が言われていることは、そうであればいいな、という感じでしょうか」
「そうであればいい、とは?」
「はい、僕はこの3日間の繰り返しは永遠に続くのだと思っています。でももし4日目があるとすれば、それはまともな、正常なことなので・・」

「いやいやライト様大丈夫です!100%などと誰も言っておりません!この現象の原因だって、言われているようなものとは限らない。私の考えですが、これは神の、神の御業ではないかと思うのです!!ご安心ください、3日間は永遠です!エ・イ・エ・ンなのです!!」
 鈴木が猛烈に口を挟んできた。

「ちょちょっ、鈴木教授、今はライト様がお話し中ですから。見ている人たちが怒りますよ?」
 森田がとりなす。来斗は少し苦笑いで続けた。
「そうですね。僕を見てくれている人たちはクラムの皆さんでしょうね。では、クラムの皆さんにお話ししたいと思います。森田さん、よろしいですか?」
 森田は無言でうなずく。
「世界のクラムの皆さん、ライトクロスです。いつも世界中の子供たちを救っていただき、ありがとうございます。世界の人たちが皆さんに感謝しています。そんな皆さんに、僕からメッセージを送ります。僕は今日の科学者の皆さんの会見を見て、もし4日目があるなら、そうであった方がいいと思いました。それが自然だからです。でも、こうも考えています。この3日間が終わり4日目を迎えた朝、世界はこれまでどおりだろうか?と」

 来斗は一息ついた。そして続ける。

「今、世界は皆さんのおかげで幸せに包まれています。戦争は無くなり、飢える子供もいなくなりました。でも最初は不幸でした。僕と僕の家族は殺し合いを経験しています。皆さんもそうでしょう。それから核戦争。世界中の人々が一握りの独裁者のために一度は死ぬか、瀕死の重傷を負うか、3日間の地獄を経験しましたね?」
「僕は、それこそが人間の本性だと思うんです。もし4日目に行けたとして、そして普通の生活が戻ったとして、世界はどうなるんでしょう?これまでどおりでしょうか?」
「僕は、世界は再び人間のエゴに包まれ、独裁者が生まれ、戦争が始まり、子供たちが飢えて泣く。そんな世界に逆戻りするのでは、と思っているんです」
「世界のクラムの皆さんは、そのときどんな行動を取るんでしょうか?」
「僕は皆さんを人類の希望だと思っています。ですから・・」

来斗がそこまで話したとき、突然鈴木が立ち上がり、マイクを奪った。

「そうだ!我々クラムシェルは4日目を望まない!!ライト様の言うとおりだ、これをもって我々は行動するっ!」

「うおっ!警備員さん!コイツつまみ出して、早くっ!!」
森田が叫ぶ。すぐに警備員ふたりが走ってきた。鈴木はそれに構わず叫び続ける。
「世界のクラムシェル!俺たちは貝殻だ、俺たちがクラムの中で一番硬いんだ!!今日の会見で見たな?浜比嘉だ、あいつが最重要人物だ。あいつがいなければこの実験はできない。いいか?浜比嘉だ、あいつの顔を覚えろ!!沖縄にいるぞ!そして4日目は、無いっ!!」

 鈴木は警備員に両腕を掴まれ、スタジオから引きずり出されるまで叫んでいた。来斗は青ざめた表情で立ち尽くしている。

「いやぁ、鈴木教授はクラムのメンバーでしたか。クラムの中には過激な連中もいると聞いたことがありますが、それがクラムシェル?貝殻って言ってましたねぇ。あいつがそうでしたかぁ」
 森田は誰にともなくそう言うと、来斗に向かって声を掛けた。
「ライト様、大丈夫ですか?お話はどうしますか?」

 “森田ちゃん!ライト様大丈夫?話せそう?CM行くか?”

 インカムで小鉢が叫んでいる。焦っているのがよく分かる。

-分かってるって、小鉢、焦んなよって。

「ライト様、クラムのメンバーに言いたいことは、さっきので終わりですか?鈴木教授が叫んでいたことについて、どう思いますか?」
 来斗は森田の声にハッとした。
「あ、すいません森田さん。まさかこんな風になるとは思いませんでした。話を続けてもいいですか?」

-さっすがライト様、やっぱただの子供じゃねぇ、すげぇおんもしれぇ。

「もちろんです。ではどうぞ!」
 森田に促されると来斗は背筋を伸ばし、カメラを向いた。

「世界のクラムの皆さん、今の人はクラムの極端な人たち、クラムシェルと呼ばれている人でした。でも僕は、あの人が言うような犯罪的行為を認めません。皆さんはすでに知っているでしょう?犯罪者は裁かれるんです。犯罪者のすぐそばにいる皆さんによって、です。それは、この3日間を幸せに生きるために必要なことでした。そんな世界を実現した皆さんを、僕は人類の希望だと思っています。その理由は、もし4日目に進んで未来を生きることになっても、人類の幸せのために生きた皆さんは、もう誰にも戦争を起こさせないだろう、理不尽な貧困を放ってはおかないだろう、病気の子供たちを、お腹を空かせた子供たちを泣き顔のままにしないだろう。そう思うからです。皆さんは、新しい人類の生き方を体現する存在なのです」

 来斗は更に力を込めて言った。

「願わくば、クラムシェルと呼ばれている皆さんにも僕の考えを理解して欲しい。僕と一緒に、人類の未来を見つめて欲しい」

 ふぅっと息をつく。

「これが僕の、クロスライトから皆さんへの、新たな希望のメッセージです」
 来斗は森田の顔を見た。もう終わりです、という意味だ。

 “森田ちゃんオッケー!!ライト様ここまで!”

 インカムから聞こえる小鉢の声は明るい。
「ライト様ありがとうございます!いやぁ、わたしゃ感動しましたよ!クラムには過激な連中もいる、あいつが、鈴木が言ってたクラムシェルってのがそうなんですね!でもだ、大方のクラムは人類の希望!よっく分かりました」
 来斗は微笑みを浮かべると、ぺこりと頭を下げてスタジオを後にした。
「では皆さん、今のライト様のお話について、いかがですか?」

 番組はその後、来斗の提示した新しい人類の未来について、そして過激派“クラムシェル”について、科学者とタレントのコメントを織り交ぜながら進行し、大きな盛り上がりの中、終わった。

 森田は満足感に包まれていたが、ふと足下に目を落とすとつぶやいた。
「しかしライト様、あのメッセージだけでクラムシェルの連中、過激な連中は納得、するのかねぇ」

 森田の胸は不安感にも包まれていた。


つづく


予告
 鈴木により明かされたクラムシェルの存在と浜比嘉星雲の襲撃予告。
 これを受け、日本警察が動き出す。
 それは、東京のクロスライトと沖縄の浜比嘉星雲、ふたりに関する警備行動だった。
 日本警察対クラムシェルの戦いが始まる。
 

おことわり
 本作はSF小説「三日間の箱庭」の連載版です。
 本編は完結していますから、ご興味のある方は以下のリンクからどうぞ。
 字数約14万字、単行本1冊分です。

SF小説 三日間の箱庭

*本作はフィクションです。作中の国、団体、人物など全て実在のものではありません。

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