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タナトス

僕には希死念慮がある。長年の主治医である精神科の先生にそう言われたし診断書にも書かれた。

20歳くらいの頃に手首をペーパーカッターで傷つけてみた。でもそんなにスパッとは切れないで、ノコギリのようにギコギコと血管の辺りを切ってみて血が出て痛かったから、中断した。いわゆるリスカですね。その時部屋に一緒にいたバンドメンバーに「お前!何してるんだよっ!」と頬っつらを殴られておしまい。

その時はそれだけだったけれど、30を過ぎてバンドもやめてGデザインの仕事をしていてパニック症候群(パニック障害、自律神経失調症、軽度のうつ病、不安神経症など)で苦しんだ時は、タナトフォビアだった。死ぬのが怖かった。

そして今。僕は死に憧れを抱いている。この古びた体を捨て魂というか意識だけになってやがて消えていく。輪廻というものがあるならば、草や花や虫や何か他の生き物に生まれ変わるのかもしれないし、生まれ変わらないで無になるのかもしれない。

風呂に入る度にするルーティン。体を洗いながら祈るのだ。「神さま、いつもありがとうございます。どうか僕を眠ったまま目覚めることなく死なせてください」住所と名前を付け加えて頭の中で何度も祈る。真剣に祈る。

ボディタオルで首を締めてみる。けっこうキツめに首に巻いてギュッと左右に引っ張ったら、血流が止まって頭がぼーっとした。少し息苦しいけれどいざとなったらやれそうな気がした。でも朝がきて、お袋が目覚め、全裸で倒れている僕を風呂場で発見したら悲鳴をあげるだろうか?それはお袋が憐れだ。後始末とかも大変だろう。そう思ってただの実験に終わる。

「お兄ちゃんは、パパが死んで悲しくないの!?」電話で妹に泣きじゃくりながら言われた時、返答に困った。ショックはショックっだったが悲しくはなかった。むしろ「生きている時は、まわりから疎まれ嫌われ、ひとりぼっちになってさぞかし寂しくて辛かったろう。死ねてよかったな、親父」と思っていたからだ。

そうなんだ。常に希死念慮があるから、涙が出なかったんだとさっき思い至った。

…… 眠剤で眠くなってきたからもう寝る。おやすみ。

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