夏の事件


忘れもせぬコロナ禍2020年の夏。7月26日、日曜日の朝の事だ。

目が覚めた。6時を少し過ぎた時だと思う。僕はトイレへ行こうと思った。空腹を感じたけれどお袋はまだ起きる時間ではない。

ベッドをそっと下りた。その時、自分の裸足の足が床に着くのを見たと思う。それからふっと記憶が途切れた。

次に気が付いたのは、僕に宛てがわれた小さな寝室からトイレへ行くまでの廊下で「頭をうってるみたい…大丈夫!?」としきりに声をかけ後頭部を触りながら覗き込んでいるお袋の顔を見上げている形だった。僕は大の字に倒れていた。後頭部に鈍い痛みがあったが、それよりも何がどうしたのか記憶がぷっつりと飛んでいる事が妙だった。「救急車を呼んだからね」…いつもだったら気の弱いお袋はビックリしてパニックを起こし泣き崩れているだろうに意外に落ち着いている様子だった。「………トイレに行こうとしてた。オシッコしてくる」ぼーっとしながらも僕はそう言って起き上がろうとした。「頭打っているのよ!大丈夫?」お袋は心配そうにしたが用は足さないとと思いそっと立ち上がってトイレへ行こうとした。途端にジェットコースターのように頭がグラグラして目眩がした…が、なんとかトイレを済ませた。

トイレから出ると救急隊員が担架を用意して家に入ってきていた。僕は何が何だかわからないまま担架に寝かされ家から運び出され救急車に乗せられた。「自分の名前言える?」「年齢は?」「住所は?」いろいろ訊かれた。ひとつひとつ返事をしながら、ああ頭をうったから正気かどうか確認しているんだなぁと思った。どうしたことか「今日は何日かわかります?」という質問にだけ、どうしても答えることができなかった。えっと...何月何日だっけ?...... お腹が空いたなぁとも思った。自分でそっと後頭部を触ってみた。すこし膨らんでいてブヨブヨと柔らかい感じだったからコブでも出来たんだろうと思った。どこまで連れていかれるんだろうと考えていたら救急隊員達が「〇〇町のなんとか病院が…」と話しているのが聞こえた。ちょっと遠いなと思った。空腹で気持ちが悪いような気分になっていたから早く病院へ到着するといいのになと思った。

病院でCTスキャンをされた。僕は両耳に10コばかりもごちゃごちゃとピアスをつけていたから、「それ全部はずしてね、この手に乗せてくれない?ちゃんと取っておくからね」と検査技師に言われてひとつひとつ外した。バーベルのキャッチがひとつ床に落ちて転がって行ってしまったので技師が「あっ」と慌てていたけれど「ああ大丈夫です。そんな高価なものじゃないから」と気を遣った。「倒れた時に頭を強く打ったようで脳内に出血があると大変だからね、まずはそれを調べるからね」…僕は機械のトンネルに入れられた。

朦朧としているうちに血液検査もされたらしい。「どうしてこんなになるまでほっといたんですか!」お袋が問い詰められていた。いやお袋は悪くない。面倒くさくて健康診断をもうかれこれ10年くらいもしていなかったから僕が100%悪い。お袋からは「行きなさいよ」と再三言われていた。

結果、頭の方はひとまず大丈夫そうだが目眩が治まらなくてフラつくので様子見と、お袋が怒られていた血液検査の結果は「重度の糖尿病だから専門の病院にすぐにかかるように」という事だった。

どうりで近頃急激に痩せた。糖尿病というものがよくわからなかったがわかるようになってきた。糖を食べても体に吸収されないで血液の中に糖分が残ってしまい結果血糖値があがってしまうようだ。ここ数年体力がおち体がダルいとも感じていた。1年に1回か2回、ひどい立ちくらみで失神する事もあった。

…大嫌いな親父と同じ病気になってしまった。

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