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タイムリープ式酔っ払い

「あんた酒強いなぁ」とたまに言われる。

本当はあまり強くないのだが。
酔いやすい体質だが、顔に出ないようだ。
しかし、そんな体質だとどうなるかと言うと、めちゃくちゃ酒を勧められることになる。
「勘弁してくれもう飲まれへん」と言いたいのだが、全く信じてもらえない。
本当は皆の見てない所で吐くし、家に帰れば倒れるように寝てしまうし、記憶も飛ばす。
学生の頃、『酔って記憶をなくします』という酒の失敗談を集めた本を読んで、本当にお酒で記憶なんか飛ぶのだろうかと不思議に思った私は、酒を飲む父に「お父さんは酔って記憶をなくした事はある?」と聞いた。
父は「いっぱいある」と答えた。

そっか……いっぱいあるんだ……

父から「大学時代、安酒を飲んで走って酔を回していた」と切ない話を聞いてしまった。
いくら私が生まれる前の話だとしても、父親のそんな姿はあまり想像したくないものだ。

居酒屋で働いていると、様々な酔っぱらいを目の当たりにする。
顔がすぐ赤くなるタイプ。
声が大きくなるタイプ。
人が変わったように口汚くなるタイプやセクハラをしてくるタイプ。
私が一番よくわからないのが、グルグルとタイムリープしてるかのように同じ話をする人である。

「おい!ババア酒を飲め!」
「ひるなか、愛してるよ……」
「おい俺金払うたか?」

会計が終わった後も大女将に酒を注ぎ、私に愛を囁き、金の支払いが終わったか聞く。
この流れを三十分の間に六回繰り返した常連のおじいちゃんは、最終的に大女将に帽子をぶん取られて十発ほどしばかれていた。
八十歳を超えているとは思えない高速の帽子捌きでお客さんの頭を叩く大女将の姿に、私は(この先大女将には逆らわんとこ)と決意する。
仕事の時間が終わったと言うのにベロンベロンに酔っ払った常連さんを二件目のスナックに送り届けるハメになった私は、残業代の代わりにスナックでお客さんのおつまみをたらふく食べてやった。
信じられないぐらい酔っ払っている常連さんはカラオケの画面を指差し、「結城さおりの『真珠姫』を入れろ!」と騒ぐ。
三重の演歌歌手の新曲だ。
配信日当日だったらしい。
スナックのママが「あかんよ。さっき見たけどまだ配信されてないみたいやから」とあしらうと「なんでや、買ってこい」と無茶を言い出した。
そうしてしばらく飲んでいたかと思うと、またカラオケの画面を指し「おい『真珠姫』を入れろ!」と騒ぐ。
記憶が飛んでるのだろうか。
またもやタイムリープが始まった。
どうしても『真珠姫』を歌いたいらしい。
私はお客さんの肩をそっと叩き、「今日配信なんですよね?◯◯さん歌えるんですか?」と聞いてみた。

「歌えん」
「歌えないんですね……」
「おい!『紅小町』を入れろ!」
「カップリング曲じゃないですか。まだ入ってないですよ」

話を聞けば、どうやらこのスナックは二件目ではなく実は三件目だそうだ。
私が働いてる居酒屋の前に、近くのお店に行ってそこの大将と出身校の校歌を高らかに歌いながら焼酎のボトルを一本開けてきたらしい。
ついにカウンターで眠り始めたお客さんを尻目に、私はさきイカをモシャモシャ食べながら「何で酔ってる人って妙な行動するのかなぁ」と嘆いたものだ。

私はスナックで別のお客さんにも絡まれた。
この人もタイムリープ式の酔っ払いであった。
延々と「あんたはこれからどう生きていくんや!?」「このままでいいと思うんか!!?」「ワット・ドゥ・ユー!!!!」と叫ぶのでほとほと困り果ててしまった。
「ワット・ドゥ・ユー」の意味がどうしてもわからなかったからだ。
私は英語に滅法弱い。
学生時代、英語のテストで小文字の「b 」と「d」を全て間違えて担任に「貴女はもう筆記体で書きなさい」と変わった匙の投げられ方をされた人間だ。
グルグルグルグル同じ問を投げかけられ、私は曖昧に微笑みながら「うーん、そうですねぇ」「本当にねぇ」と適当に返事をしていたが、五回目ぐらいの「ワット・ドゥ・ユー!!!!」でついに嫌になって「私、今が一番幸せなんで!」と言い返した。
お客さんは何故かそれで満足したらしく「エエこっちゃ!そう!それでいいんや!」と頷く。
「それでいい」って言葉が何だかちょっと嬉しくなった私は自信を持って「そうです!幸せなんです」ともう一度言ってみせる。

そして十分もしない内に「ワット・ドゥ・ユー!!!!」がまた繰り返されたので私は心の中でお客さんに『ワット・ドゥ・ユーおじちゃん』とあだ名をつけることにした。
未だに私は「ワット・ドゥ・ユー」の意味がわからない。

酔って記憶をなくす、とはこういう事なのだろうか。
自分が喋った事を覚えていないけれど、自分の言いたいことは変わらないから同じ言葉を何度でも繰り返してしまう。
まさか自分も知らない間にこんな風になってるんじゃないだろうかと思うとちょっと怖い。
私も会計をした記憶なんてすぐ飛んでしまうので、翌日いきつけの店に行って「私、昨日お金払った……?」と聞く事がある。

いつだって私はちゃんとお金を払って帰っているが、心配なものは心配だ。
行きつけのお店の女将さんは「たまに酔ったお客さんが『俺、金払ったっけ?』って言うでしょ。あれね、不思議だけどお金払った人しか言わんのよ」と教えてくれる。
言われてみれば確かにそうだ。
少なくとも私はお金を払っていない人が「金払ったっけ?」と言うのを聞いたことがない。
金を払った記憶があるような無いような、そんな人が「金払ったっけ?」と聞くのであって、金を払うという事が根こそぎ抜け落ちる人はそもそもそんな事は聞かないということか。

支払いをした覚えや喋った覚えがあるような、無いような。
そんな中途半端な記憶が残っているから同じことを何度も繰り返すのかもしれない。
まぁ、何もかも記憶から飛ぶほど飲むよりマシだ、とは思う。
思うけれど、もしまた誰かに「ワット・ドゥ・ユー!!!!」と絡まれたら、今度は私が記憶を失くすまで酒を飲んでやろうとは決めている。

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