僕の好きな詩について 第十五回 寺山修司

僕の好きな詩について語らせていただくnote、第十五回は寺山修司です。この詩ひとつで三度堪能できる素晴らしい一篇です。

ではどうぞ。
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「幸福が遠すぎたら」寺山修司

さよならだけが 人生ならば
また来る春は 何だろう
はるかなはるかな 地の果てに
咲いている 野の百合 何だろう

さよならだけが 人生ならば
めぐり会う日は 何だろう
やさしいやさしい 夕焼と
ふたりの愛は 何だろう

さよならだけが 人生ならば
建てた我が家 なんだろう
さみしいさみしい 平原に
ともす灯りは 何だろう

さよならだけが 人生ならば
人生なんか いりません

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この詩を読むに当たっては、井伏鱒二の有名な漢詩の翻訳を知っていなければなりませんね。


「酒ヲススム」井伏鱒二訳

コノサカヅキヲ受ケテクレ
ドウゾナミナミツガシテオクレ
ハナニアラシノタトヘモアルゾ
「サヨナラ」ダケガ人生ダ


以下オリジナルです。

「勧酒」于武陵

勧 君 金 屈 卮 
満 酌 不 須 辞 
花 発 多 風 雨 
人 生 足 別 離

君に勧む 金屈卮
満酌 辞するを須いず
花 発(ひら)けば 風雨多し
人生 別離足る



「サヨナラ」ダケガ人生ダ、っていうのがまず心に刺さるんですけど、さらに寺山修司は幼い頃父を戦争で亡くし、母親とは離ればなれ、寂しいときに「サヨナラダケガジンセイダ」を逆さから「ダイセンジガケダラナヨサ」と唱えて孤独を乗り越えてきたと言います。
人生はさよならだけじゃない、という祈りが込められていて、切なくなります。

その後、寺山修司はカルメンマキにこの「だいせんじがけだらなよさ」というタイトルの曲の詩を書き、フォーク・クルセダーズの加藤和彦氏がソロアルバムでカバーします。

その加藤和彦氏は何十年後かに自ら命を絶ってしまう胸の苦しさがあります。

ちなみに、井伏鱒二が「サヨナラ」ダケガ人生ダと言い切ったのが37歳。寺山修司が他界したのが47歳。葬儀委員長は親交の深かった谷川俊太郎氏でした。

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