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僕の好きな詩について 第三十四回 新川和江

こんにちは!僕の好きな詩についてお話しするnote、第三十四回は、新川和江(しんかわかずえ)さんです。

たおやかで、勁い美文を堪能してください。ではどうぞ。
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「母音――ある寂しい日私に与えて」
新川和江

信じていなさい
おまえののどとくちびるの温かさを
おまえが〈あ〉と言う時
どこかの暗い沼のふちの
葦のあいだで
澱んだ水が
〈あ〉
一万年にたったいちどの水泡(みなわ)を立てて独り言を洩らすと

信じていなさい
優しい死がこんやもおまえを抱きしめにくると
おまえが〈い〉と呟く時
かわいた川の
橋桁の
朽ちた楔のほとりで
〈い〉
しめし合わせたようにしばし立ちどまる風があると

信じていなさい
痛みはおまえだけのものではないと
おまえが〈う〉と呻く時
真夜中の劇場の
楽器置場の片隅で
コントラバスが
〈う〉
ひくく呻いて同じ苦痛の合槌を打ってよこすこと

信じていなさい
おまえには名も無い多くの友がいると
おまえが〈え?〉問い返す時
遠い森のいっぽんいっぽんの木が
答えのかたちに枝を撓(たわ)ませ
葉隠りの小鳥たちが
〈え?〉
同じ疑問を一晩じゅうざわめきながら悩んでくれていると

信じていなさい
うたうことは決してむなしいことではないと
おまえが〈お〉と言う時
青草が
牡牛が
見えないものの影が
〈お〉
むっくり起きあがり おまえと一緒に歩き出すと
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詩集「わたしを束ねないで」から。
新川さんは息子さんが作曲家で(何故か文筆家の息子 作曲家多いですね。コンプレックスの変形でしょうか)、新川さんの詩に曲がついたりすることもありますが、上記の詩はなかなか歌曲化は難しそうな観念的な作品ですね。

新川さんは丁寧な言葉への愛情表現と母/女としての強さ暖かさを強く薫らせる詩人で、絵本のようなしなやかさ、優しさを持つ詩が多いですが、そんな詩人が詩や言葉、詩人それ自体に言及している詩、というのは味わい深いものがあります。

そんな詩をもうひとつ。

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「そういう星が……」

壁から鋲をはづすやうに
空の一角から その星をはづす
すると満天に嵌めこまれてゐた星たちが
一挙に剥げ落ち
巨(おお)きな手でじやらじやら掻きあつめられて
宇宙のいつさいがゲームセットとなる……
さういふ星が あるのではないか

言葉にもさういふひとことがあつて
用ゐると
かがやいてゐたこの世のすべての物語が
一斉に緑青(ろくしょう)をふき 虚となってしまふ
あるいは 斃(たお)れてゐた馬の
全身がぴくぴく痙攣し
やにはに起ちあがつて千里を疾走する……

そのひとことを探すのが
詩人のしごとなのだらうか
それとも隠すのが
詩人の役割りなのだらうか

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言葉と取っ組み合う詩人の流す汗や血や涙が感じられます。

言葉や詩に、このように向き合わなければならないのだと、身が引き締まる思いです。


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いつか詩集を出したいと思っています。その資金に充てさせていただきますので、よろしければサポートをお願いいたします。