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僕の好きな詩について 第三十回 高見順

僕の好きな詩についてお話するnote、第三十回は、高見順氏です。

小説家でもある氏の、詩をどうぞ。
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「電車の窓の外は」高見順

電車の窓の外は
光りにみち
喜びにみち
いきいきといきづいている
この世ともうお別れかと思うと
見なれた景色が
急に新鮮に見えてきた
この世が
人間も自然も
幸福にみちている
だのに私は死なねばならぬ
だのにこの世は実にしあわせそうだ
それが私の心を悲しませないで
かえって私の悲しみを慰めてくれる
私の胸に感動があふれ
胸がつまって涙が出そうになる
団地のアパートのひとつひとつの窓に
ふりそそぐ暖かい日ざし
楽しくさえずりながら
飛び交うスズメの群
光る風
喜ぶ川面
微笑みのようなそのさざなみ
かなたの京浜工業地帯の
高い煙突から勢いよく立ちのぼるけむり
電車の窓から見えるこれらすべては
生命あるもののごとくに
生きている
力にみち
生命にかがやいて見える
線路脇の道を
足ばやに行く出勤の人たちよ
おはよう諸君
みんな元気で働いている
安心だ 君たちがいれば大丈夫だ
さようなら
あとを頼むぜ
じゃ元気で――――――

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朝が美しいほど、悲しみが伝わってきます。

この詩は氏の最晩年の詩集「死の淵より」に掲載されているもので、食道癌による闘病生活の間に書かれたものです。この詩集が出版された翌年、氏は幽明境を異にしました。
キラキラとした描写、ポジティブなことばが並びますが他の詩と併せて読むと、こうした悟りと言える感覚と死をうらむ感覚が交互か、ない交ぜになってあったことが伺われます。ポジティブなことばには、強がり、文士としての矜恃の側面も強かったのでしょう。

もうひとつ、列車と死をモチーフにした詩がありこちらには美しい強がりは見えません。

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「汽車は二度と来ない」高見順

わずかばかりの黙りこくった客を
ぬぐい去るように全部乗せて
暗い汽車は出て行った
すでに売店は片づけられ
ツバメの巣さえからっぽの
がらんとした夜のプラットホーム
電灯が消え
駅員ものこらず姿を消した
なぜか私ひとりがそこにいる
乾いた風が吹いてきて
まっくらなホームのほこりが舞いあがる
汽車はもう二度と来ないのだ
いくら待ってもむだなのだ
永久に来ないのだ
それを私は知っている
知っていて立ち去れない
死を知っておく必要があるのだ
死よりもいやな空虚のなかに私は立っている
レールが刃物のように光っている
しかし汽車はもはや来ないのであるから
レールに身を投げて死ぬことはできない

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僕は今これを通勤の電車のなかで読み、書いています。

外は曇り。風は灰色と銀色のあいだに見えます。


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いつか詩集を出したいと思っています。その資金に充てさせていただきますので、よろしければサポートをお願いいたします。