僕の好きな詩について 第二十八回 長田弘

毎週台風が来て、今年はあまりにも激しいですね。。皆さん大丈夫ですか?雨や風の実害もさることながら、気圧の変化でこころが安定しづらいように思います。

さて、僕の好きな詩について話すnote第二十八回は長田弘(おさだひろし)さんです。

それでは早速、詩をどうぞ。
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「最初の質問」長田弘

今日あなたは空を見上げましたか。
空は遠かったですか、近かったですか。
雲はどんな形をしていましたか。
風はどんなにおいがしましたか。
あなたにとって、いい一日とはどんな一日ですか。
「ありがとう」という言葉を今日口にしましたか。

窓の向こう、道の向こうに、何が見えますか。
 雨の滴をいっぱいためたクモの巣を見たことがありますか。
 樫の木の下で、あるいは欅の木の下で、立ち止まったことがありますか。
 街路樹の木の名前を知っていますか。
 樹木を友人だと考えたことがありますか。

 この前、川を見つめたのはいつでしたか。
 砂の上に座ったのは、草の上に座ったのはいつでしたか。
 「美しい」と、あなたがためらわず言えるものは何ですか。
 好きな花を七つ、挙げられますか。
 あなたにとって「わたしたち」というのは、だれですか。

 夜明け前に鳴き交わす鳥の声を聴いたことがありますか。
 ゆっくりと暮れていく西の空に祈ったことがありますか。
 何歳の時の自分が好きですか。
 上手に年を取ることができると思いますか。
 世界という言葉で、まず思い描く風景はどんな風景ですか。

 今あなたがいる場所で、耳を澄ますと、何が聞こえますか。
 沈黙はどんな音がしますか。
 じっと目をつぶる。すると何が見えてきますか。
 問いと答えと、今あなたにとって必要なのはどっちですか。
 これだけはしないと心に決めていることがありますか。

 いちばんしたいことは何ですか。
 人生の材料は何だと思いますか。
 あなたにとって、あるいはあなたの知らない人々にとって、
 幸福って何だと思いますか。
  
 時代は言葉をないがしろにしている。
 あなたは言葉を信じていますか。

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優しいのに、かなり強い詩ですね。質問に有無を言わせぬ力があります。
考えるのを止めるな、鈍感になるな、という隠された想いが強い光量で発されているようです。

日々生活していると、あまり実務的でないことを考える余裕が無くなってきます。そんなとき、この詩は最初の質問として、僕らを大事なものに引き戻してくれます。

あと、もうひとつお勧めしたい詩があるので、以下に。是非読んでみてください。

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「幼い子は微笑む」長田弘

声をあげて、泣くことを覚えた
  泣きつづけて、黙ることを覚えた
  まぶたを静かに閉じることも覚えた
  穏やかに眠ることを覚えた
  ふっと目を開けて、人の顔を
  じーっと見つめることも覚えた
  そして、幼い子は微笑んだ
  この世で人が最初に覚える
  ことばでないことばが、微笑みだ
  人を人たらしめる、古い古い原初のことば
  人がほんとうに幸福でいられるのは、おそらくは、
  何かを覚えることがただ微笑みだけをもたらす、
  幼いときの、何一つ覚えてもいない、
  ほんのわずかなあいだだけなのだと思う
  立つこと、歩くこと、立ちどまること
  ここからそこへ、一人でゆくこと
  できなかったことが、できるようになること
  何かを覚えることは、何かを得るということだろうか
  違う 覚えることは、覚えて得ることよりも、
  もっとずっと、多くのものを失うことだ
  人は、ことばを覚えて、幸福を失う
  そして、覚えたことばと
  おなじだけの悲しみを知るものになる
  まだことばを知らないので、幼い子は微笑む
  もう微笑むことをしない人たちを見て、
  幼い子は微笑む
  なぜ、長じて、人は
  質さなくなるのか
  たとえ幸福を失っても、
  人生はなお微笑むに足るだろうかと

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