僕の好きな詩について 第十二回 高村光太郎

好きな詩の話を好きなだけする楽園のようなnote、第十二回は高村光太郎です。

ではまずこちらをどうぞ。
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「道程」高村光太郎


僕の前に道はない

僕の後ろに道は出来る

ああ、自然よ

父よ

僕を一人立ちさせた広大な父よ

僕から目を離さないで守る事をせよ

常に父の気魄を僕に充たせよ

この遠い道程のため

この遠い道程のため

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心の力の溢れてくるような詩ですね。
でも実はこの詩は全体で100行以上ある詩のラスト7行なんです。高村光太郎の詩は悲しいものも含めて感動的なものが多いですが、とにかく長い詩が長いんです。もちろん短い詩も沢山ありますが、長いもののボリュームが凄い。

光太郎は父親が彫刻家ということもあり、もともと詩人というよりは彫刻や絵画製作志望で進学している広い意味での"芸術家"で、著書の中で、詩において言葉の意味が邪魔になるという話から、自身は楽器の演奏は出来ないけれど言葉を離れたバッハのコンチェルトの無意味性に憧れる、といったことに言及したりもしてます。(「詩について語らず」)

そうした芸術家らしい猛烈なアウトプットが70余年の彼の人生を翻弄し続け、その現れのひとつに詩の長さがあるのかな、と思ったりもします。

彼は第二次世界大戦中には戦争礼賛の詩を書いたりしたものの、そんな事実もものかは、亡き智恵子婦人への愛の表出も含め、人間として敬愛される、紛れもない芸術家として愛されています。

蛇足ですが、彼の戦時中の疎開先が宮沢賢治の実家だったせいもあるのか、時々どの詩とは言えないですが、宮沢賢治感が出てる気がするのは僕だけでしょうか?

#詩 #現代詩 #感想文 #高村光太郎 #道程


※一応全文を載せておきます。


「道程」

どこかに通じている大道を

僕は歩いているのじゃない

 

僕の前に道はない

僕の後ろに道は出来る

道は僕のふみしだいて来た足あとだ

だから

道の最端にいつでも僕は立っている

 

何という曲がりくねり

 

迷い まよった道だろう

自堕落に消え 滅びかけたあの道

絶望に閉じ込められたあの道

幼い苦悩に もみつぶされたあの道

 

ふり返ってみると

 

自分の道は 戦慄に値する

支離滅裂な

また むざんなこの光景を見て

誰がこれを

生命の道と信ずるだろう

それだのに

やっぱり これが生命に導く道だった

 

そして僕は ここまで来てしまった

 

このさんたんたる自分の道を見て

僕は 自然の広大ないつくしみに涙を流すのだ

 

あのやくざに見えた道の中から

 

生命の意味を はっきりと

見せてくれたのは自然だ

僕をひき廻しては 目をはじき

もう此処と思うところで

さめよ、さめよと叫んだのは自然だ

これこそ厳格な父の愛だ

 

子供になり切ったありがたさを

僕はしみじみと思った

 

どんな時にも 自然の手を離さなかった僕は

とうとう自分をつかまえたのだ

 

丁度そのとき 事態は一変した

 

にわかに眼前にあるものは 光を放射し

空も地面も 沸く様に動き出した

そのまに

自然は微笑をのこして 僕の手から

永遠の地平線へ姿をかくした

 

そしてその気魄が 宇宙に充ちみちた

 

驚いている僕の魂は

いきなり「歩け」という声につらぬかれた

 

僕は 武者ぶるいをした

 

僕は 子供の使命を全身に感じた

子供の使命!

 

僕の肩は重くなった

 

そして 僕はもう たよる手が無くなった

無意識に たよっていた手が無くなった

ただ この宇宙に充ちている父を信じて

自分の全身をなげうつのだ

 

僕は はじめ一歩も歩けない事を経験した

 

かなり長い間

冷たい油の汗を流しながら

一つところに立ちつくして居た

 

僕は 心を集めて父の胸にふれた

 

すると

僕の足は ひとりでに動き出した

不思議に僕は ある自憑の境を得た

僕は どう行こうとも思わない

どの道をとろうとも思わない

 

僕の前には広漠とした 

岩疊な一面の風景がひろがっている

 

その間に花が咲き 水が流れている

石があり 絶壁がある

それがみないきいきとしている

僕はただ あの不思議な自憑の

督促のままに歩いてゆく

 

しかし 四方は気味の悪いほど静かだ

 

恐ろしい世界の果てへ 行ってしまうのか

と思うときもある

寂しさは つんぼのように苦しいものだ

僕は その時また父にいのる

父はその風景の間に わずかながら勇ましく

同じ方へ歩いてゆく人間を 僕に見せてくれる

同属を喜ぶ人間の性に 僕はふるえ立つ

声をあげて祝福を伝える

そして あの永遠の地平線を前にして 

胸のすくほど深い呼吸をするのだ

 

僕の眼が開けるに従って

 

四方の風景は その部分を明らかに僕に示す

生育のいい草の陰に 小さい人間の

うじゃうじゃ はいまわって居るのもみえる

彼等も僕も

大きな人類というものの一部分だ

 

しかし人類は 無駄なものを棄て

腐らしても惜しまない

 

人間は 鮭の卵だ

千萬人の中で百人も残れば

人類は永遠に絶えやしない

棄て腐らすのを見越して

自然は人類のため 人間を沢山つくるのだ

 

腐るものは腐れ

 

自然に背いたものは みな腐る

僕はいまのところ 彼等にかまっていられない

もっと この風景に養われ

 育まれて

自分を自分らしく 伸ばさねばならぬ

子供は 父のいつくしみに報いた気を 

燃やしているのだ

 

ああ

 

人類の道程は遠い

そしてその大道はない

自然の子供等が 全身の力で拓いて

行かねばならないのだ

歩け、歩け

どんなものが出てきても 乗り越して歩け

この光り輝やく風景の中に 踏み込んでゆけ

 

僕の前に道はない

 

僕の後ろに道は出来る

ああ、父よ

僕を一人立ちさせた父よ

僕から目を離さないで守る事をせよ

常に父の気魄を僕に充たせよ

この遠い道程のため

 

いつか詩集を出したいと思っています。その資金に充てさせていただきますので、よろしければサポートをお願いいたします。