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僕の好きな詩について第三十六回 田村隆一

こんにちは!僕の好きな詩について語るnote第三十六回は田村 隆一氏です。
偉大なる詩人、だけではなくエラリー・クイーンやアガサ・クリスティの翻訳もされた方です。

ではどうぞ。
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「見えない木」 田村隆一

雪のうえに足跡があった
足跡を見て はじめてぼくは
小動物の 小鳥の 森のけものたちの
支配する世界を見た
たとえば一匹のりすである
その足跡は老いたにれの木からおりて
小径を横断し
もみの林のなかに消えている
瞬時のためらいも 不安も 気のきいた疑問符も そこにはなかった
また 一匹の狐である
彼の足跡は村の北側の谷づたいの道を
直線上にどこまでもつづいている
ぼくの知っている飢餓は
このような直線を描くことはけっしてなかった
この足跡のような弾力的な 盲目的な 肯定的なリズムは
ぼくの心にはなかった
たとえば一羽の小鳥である
その声よりも透明な足跡
その生よりもするどい爪の跡
雪の斜面にきざまれた彼女の羽
ぼくの知っている恐怖は
このような単一な模様を描くことはけっしてなかった
この羽跡のような 肉感的な 異端的な 肯定的なリズムは
ぼくの心にはなかったものだ

突然 浅間山の頂点に大きな日没がくる
なにものかが森をつくり
谷の口をおしひろげ
寒冷な空気をひき裂く
ぼくは小屋にかえる
ぼくはストーブをたく
ぼくは
見えない木
見えない鳥
見えない小動物
ぼくは
見えないリズムのことばかり考える

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第二十七回でご紹介した鮎川信夫氏
https://note.mu/hally10031003/n/n5ca94bdcef48
と共に同人誌「荒地」を興したメンバーのひとりですね。

上の詩は1963年に出版された「言葉のない世界」に納められているのですが、本当に若い頃(と言っても「言葉のない世界」の頃はもう不惑)の田村氏はキレッキレで、通っていた大学の図書館の本を売っ払ってウィスキーを買っていたなんて噂も耳にしたことがあります。

上の詩の中で出てくる「肯定的なリズム」「見えないリズム」のようなものについて最近時々考えます。

誰もなにも意図せずとも、天体は巡り四季は規則正しく訪れます。それは世界が韻を踏んでうたを詠んでいるのだ、と僕は思いますし、逆に歌や詩はそうあるべきなのではないか、と思ってしまうのです。「見えない木」では動物たちの本能的な空腹や恐怖が命のリズムを刻みます。それがそのまま詩なのです。


上のテーマとはなんら関係ないですが、次の詩も凄いです。ご存知のかたも多いと思いますが、良かったら読んでみてください。

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「帰途」田村隆一

言葉なんかおぼえるんじゃなかった
言葉のない世界
意味が意味にならない世界に生きてたら
どんなによかったか

あなたが美しい言葉に復讐されても
そいつは ぼくとは無関係だ
きみが静かな意味に血を流したところで
そいつも無関係だ

あなたのやさしい眼のなかにある涙
きみの沈黙の舌からおちてくる痛苦
ぼくたちの世界にもし言葉がなかったら
ぼくはただそれを眺めて立ち去るだろう

あなたの涙に 果実の核ほどの意味があるか
きみの一滴の血に この世界の夕暮れの
ふるえるような夕焼けのひびきがあるか

言葉なんかおぼえるんじゃなかった
日本語とほんのすこしの外国語をおぼえたおかげで
ぼくはあなたの涙のなかに立ちどまる
ぼくはきみの血のなかにたったひとりで掃ってくる

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#詩 #現代詩 #感想文 #田村隆一 #見えない木 #言葉のない世界

いつか詩集を出したいと思っています。その資金に充てさせていただきますので、よろしければサポートをお願いいたします。