風邪を拗らせすぎて入院した話(後編)

入院先では食事が出る。
別に食べ物に制限はないので、流動食みたいなものは出ない。いたって普通の食事だ。
しかし、入院初日の夕食、初めての病院食。
そこには、牛乳があった。

それだけのことと言ってしまえばそうなのだが、何を隠そう私は大の牛乳嫌い。
小学校の給食では、給食当番に牛乳を受け取った瞬間カゴに返すという不毛すぎるキャッチアンドリリースをしていたくらい嫌いだ。もう視界にも入れなくないほど嫌い。
しかし、そんなわがままが病院という、保健室の上位互換的施設で通用するのだろうか?
「牛乳にはカルシウムがいっぱい入ってて、骨を丈夫にするのよ」
「好き嫌いはダメだよ」
そう言いくるめられてナースに無理強いされるのでは……?
そんなの嫌だ!

「あのぅ、ナースさん」
大人を騙す時のコナン並みに甘えた声でナースを呼ぶ。
「あのね、実は私、牛乳アレルギーなの」
お分りいただけただろうか?
秘奥義『大ボラ』である。

我ながら大胆な手に出たと思う。
アレルギーのほうが、薬とかいろんなところに影響してきそうで、今なら怖くてたまらない。
しかし、意外にもナースはこの嘘を信じ、麦茶と交換してくれた。
そして、翌日の朝食も麦茶が出された。

大勝利!
圧倒的大勝利だ!
これでもう入院に不満はひとつもない。
しかし、ハッタリをかました影響が突然出た。

それは3時のおやつの出来事だ。
私のいる小児棟では、ひと部屋に6名くらい同世代の子どもが入院していた。
そこにナースが笑顔でやってきてこう言ったのだ。
「みんな!今日のおやつはケーキだよー!」
部屋の子どもたちのボルテージは最高潮だった。
ケーキ、それはおやつの頂点。
お誕生日やクリスマス以外でまぁ食べる機会のないものだ。それがちょっと入院しただけでありつけるとは!ビバ入院!
入口に近い子から順番に配られていくそれを、1番窓際のベッドにいた私は、今か今かと待ちわびた。
そして、ついに私の番になったその時。

「あ、もちづきさんは牛乳アレルギーだからこれね」
私の机に置かれたのは、小包装された醤油せんべい2枚だった。
他の皆が「あまーい!」「おいしーい!」とふわふわのケーキを頬張る中、私はひとりバリッと場違いな音を立てた。
小学生には辛すぎる天罰だった。

翌日、退院が決まった。
たった数日の入院生活で、私は大切なことを学んだ。
「嘘は絶対ついちゃダメ」
病室を出る直前、10時のおやつを持ってきたナースに出会った。
「良かったら持って行きな!」と渡されたのは、見慣れたせんべいと野菜ジュースだった。

最後の最後までついていない。
私は野菜ジュースも好きではない。
しかし、もう嘘はつかない。正直に言おう。
「ナースさん、私、野菜ジュース苦手なんだ……」
ナースはそれを聞くと
「わかるよー、苦手な子多いもんね。うん、好き嫌いは誰にでもあるよ」
と笑ってくれた。続けて彼女は
「でもこの野菜ジュースは苦手だって言ってた子も美味しく飲めてたやつだから、良かったら挑戦してみたら?騙されたと思ってさ」
と私に野菜ジュースを勧めてきた。
人に対し正直に生きることを決めたら、次のステップは相手のことを信じることかもしれない。
私はナースを信じ、騙されたと思ってその野菜ジュースを飲んでみた。
騙された。
まじでまずい。
すごく騙された。

私はあの入院生活で2つのことを学んだ。
「嘘は絶対ついちゃダメ」
そして、
「人を簡単に信じちゃダメ」
私はそれ以来、体育の授業でパーカーを着て参加し風邪予防に努め、野菜ジュースは一滴も口にしていない。

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