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さよならのムースケーキ

もう何年も前の、
卒業間近の3月。

待ち合わせをしていた後輩が、ケーキを2つ買ってきてくれた。
先輩と食べようと思って、と。
なんだか照れくさかった。

取手のついた小さな白い箱の中に二つ、ケーキが並んでいた。
記憶はおぼろげだが、私のはレモンのジュレがのったムースケーキを選ばせてもらったと思う。
ケーキの華やかさとはかけ離れた、研究室の雑多な片隅で食べた。
一口ずつ分けっこして食べた。

研究室は雑多だけれども、
卒業する学生の机の上が片付けられて、いつもよりなんだか少しスッキリしていた。過ごしている学生も少なくて、しんとしている。
あれ、こんなに広かったっけ、という気分になる。

いつもとは確実に何かが違う研究室で、ああ、一刻一刻と卒業に向かっているのだなとひしひし感じながら、ケーキを食べた。

日の入り方も、真冬のほかほかとした感じから
春の燦々とした感じになって来ている。
それを見ると、
みんなは春が来て喜びに溢れているのに、自分だけが寂しい気持ちを抱えているような気がして、もっと寂しくなる。

ずっと思っている。
卒業って、どの瞬間が「卒業」なんだろう。

卒業証書をもらった瞬間か。
”卒業生退場”の掛け声で、体育館や講堂から退場した時か。

でもそのあと、教室に戻って先生の話聞いたりするよね。
その時間も学生だとすると、「卒業」はそのあとということになる。

じゃあ、先生の話も終わって、最後の挨拶も終わって、
みんなで写真撮ったり、アルバムにサインしあったりガヤガヤして、
校門を出る瞬間だろうか。
そうであれば、ちょっと納得できる。

私が小学校を卒業して、中学に入学するまでの春休みに水族館へ行った時、
自分は「小学生料金」なのか「中学生料金」なのかで困った。
チケット売り場の人に尋ねたら、
3月31日までは小学生料金で、4月1日からは中学生料金です、と言われた。

3月31日24:00すなわち4月1日の0:00に卒業、ということなんだろうか。
そうすると、4月1日の0:00に中学に入学することになる。
入学式もやってないのに、、?
入学式恒例の、校長が”入学を許可する”とか言うの、やってないけど。

思えば、「今!卒業した!」と意識したことって少ない。

卒業式が終わってなんとなくみんなでガヤガヤして、
気づいたら家に帰り着いていて、
いつの間にか卒業してた、という感じだった。

卒業式の後には謝恩会のような、二次会みたいなものがあることが多かったので、卒業式を終えても「また後でね!」という感じで一旦家に帰り、
その後割とバタバタと着替えて、
また出かけて行くことが多かったように思う。

謝恩会では仲のよかった友達と後日遊びに行く約束をして、
結局「また◯日の10時にね!」とか言って別れるので、卒業の線を感じない。

そしてその「◯日」に遊びに行った時も、「4月になっても遊びに行こうね!」なんて言って。

もしかしたら、自ら、終わらないようにしているのかもしれない。
卒業して「また明日」って言えなくなるのが寂しいから、
次の約束をして、卒業を先延ばしにしている。

そのうち進学先の入学準備が忙しくなって、入学して、それに気を取られているうちに、じわじわと、終わっていく。
気づけば、卒業している。

終わりというのは、なんとも空気のようというか、
グラデーションのようになっていて、
自分で線引きをしない限り
決して形として現れない。

最大の終わりである「死」でさえそうだ。
様々な機能がだんだんと止まり、ゆっくりと終わっていく。
どこまでが生で、どこからが死か、線引きは難しい。

私が唯一、あ、卒業したと感じた瞬間は、
冒頭の後輩とケーキを食べた数日後の卒業式。
謝恩会的な飲み会が終わったあと、みんなは二次会に向かう中、
私は引越しの準備が終わってなかったこともあって誘いを断り、
みんなに背を向けて家へ歩き出した時である。

その瞬間、初めて涙が流れた。
今まで卒業して泣いたことはなかった。

そう思うと、線引きがない方が、
気づいたら卒業してた、くらいの方がいいのかもしれない。

はっきりとした線がある方が、悲しみが際立つ。

卒業式の後、一度だけ研究室に行った。
少しだけ残っていた自分の荷物を回収して出口で振り返ると、
今まで第二の家のように過ごした、いつも通りの研究室の姿があった。

卒業生である、自分がそこに立っている。
卒業式も終えたのだし、自分は紛れもなく卒業生のはずだったが、
そこに立っている限りはまだ現役生であると思えて仕方なかった。
明日から来ない、という事実も不思議で仕方なかった。

カメラでその光景を一枚撮って、帰った。

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