トータルフットボール~不都合な真実~
20年前、マドリーを率いたデル・ボスケが示した魔法は紛れもなく未来型トータルフットボールだった。
21世紀の開幕は、自分にとってレアルマドリードとの出逢いから始まったのである。
銀河系における2人のヨハンとも言えたジダンとマケレレ、ロベルトカルロスのオーバーラップ、そこにモダンなドリブルで魔法かけるフィーゴ、そしてラウールとロナウドという当代のフィニッシャーが揃っていた。
左サイドのロベルトカルロスから対岸のフィーゴへのサイドチェンジなども絡まり変幻自在のサッカーだったのだ。
極めつけは抜群の反射を備えたマドリーの守護聖人イケルの存在である。
温厚なイメージを漂わせる、後にスペイン代表をW杯2010・EURO2012という2大タイトルを制覇し、名実ともに文字通り"無敵艦隊"へと導いた監督の戦術は、実はトータルフットボールを礎にモダンなアレンジを施したシステムだということを、自分は…いや、おそらく当時をリアルタイムで観ていた"新規のマドリディスタ"の多くは全く気付いてなかったのだ。
そして、あの根っからのマドリディスタの人心掌握術こそが銀河系を束ねる魔法であったことも認識出来ていなかったのである。
トータルフットボール。
それは、およそ100年前に理論が生まれた。
サッカーにおけるポジションという概念を取り払い全員が攻撃と守備を担うという戦術である。
50年前にミケルスがクライフという天才を得たことで実現し1つの完成をみた。
≠クライフイズム
さて本題に入ろう。
結論から述べると、クライフイズムとバルサイズムはイコールではない。
ましてトータルフットボールは、その2つに合致しない。
自称お尻のキッズはそこを勘違いしていることが多い。
まずはトータルフットボールの歴史を紐解きながら記していきたいと思う。
1970年代にアヤックスを率い、クライフを擁してチャンピオンズカップ3連覇を成し遂げたミケルスが欧州に提示した戦術として世に広く伝わったトータルフットボール。
とはいえ、ミケルスが考案者ではなく、彼はあくまで1つの完成形を見せただけにすぎない。
トータルフットボールは、ミケルスいわく1930年代のオーストリアがプレーしていたとしている。
つまりすでに1930年代には理論として示されていたということだ。
この守備をした選手が攻撃にシフトし、また攻撃に参加した選手が守備にと、ぐるぐる渦を巻くようなが理論。
それがトータルフットボールの原型だとされている。
さて、そんなアヤックスを1970~1973の3シーズンの間、欧州の王者に君臨させたミケルス式トータルフットボールだが、1974年のW杯では西ドイツの前に屈することとなる。
そう、ベッケンバウアーという壁を越えられなかったのだ。
とはいえ、クラブレベルではミケルスは1971~1975シーズンはバルサの監督となっており、1974年のオランダ代表監督は兼任であった。
また、クライフも1973年からはバルサに移籍しており、欧州王者がアヤックスがバイエルンに取って代わった要因だったとも捉えることは出来る。
その後クライフは1978年5月に引退を表明。
実業家へと転身するが事業の失敗により数ヶ月で現役復帰を果たす。
3シーズンほどを米国で過ごし、アヤックスへ復帰。
そしてフェイエノールトで最後のシーズンを過ごした。
1988年クライフはバルサの監督に就任。
しかし、嬉しいことに1988-1989、1989-1990の2シーズンはキンタ・デル・ブイトレを擁したマドリーの黄金期の終盤ということもあり、リーガでのタイトルには手が届かなかった。
クライフはボールの支配、シュートパスを多用した繋ぎ、サイドアタックを主軸とした攻撃的なサッカーを志向した。
結果がなかなか伴わず批判を受けることもあった。
しかし、クライフの思想は徐々に浸透し、選手やクラブ首脳陣、そしてソシオの心を掴むようになった。
1990~1994のシーズンの中でリーガ4連覇、1991-1992シーズンはバルサに初のチャンピオンズカップをもたらし、エル・ドリーム・チームと称された。
1995-1996シーズン、ドリームチームを支えた多くの選手が退団し、結果的にクライフバルサはこのシーズンの終了とともに終焉を迎える。
時は流れ、クライフが1990-1991シーズンに下部組織から昇格させたグアルディオラは、2008年夏、バルサのトップチームの監督に就任する。
監督経験は下部組織を1シーズン指揮したのみの賭けであった。
その後、この賢人が成したことは割愛する。
とはいえ、1つ言えることはクライフの教え子であるグアルディオラが提唱したモダンサッカーは、バルサイズムではあってもクライフの模倣ではないのだ。
どちらかと言えば彼のサッカーの根底はビエルサにある。
そこに戦術的ピリオダイゼーションが交わりペップバルサが生まれた。
全員攻撃・全員守備でスペースを作る・埋めるという理論ではなく、スペースを創り出すことに比重を置いたサッカーというイメージだ。
基本的に選手個々の動きは最低限でパスをまわしてボールを動かす。
中央を左右のゴールポストに向かって2人が走り、その守備にまわった選手の空いたスペースにパスを通してサイド攻撃などを展開。
チャンスが生まれた瞬間にフィニッシュワークへ繋げる──── 。
それはクライフの教えであるボールを動かせ、ボールは疲れないを究極に突き詰めた1つの形とも言える。
流れるような攻撃で相手を屈服させる。
そんなサッカー理論だと思う。
しかし、そこに弊害も産まれた。
自分達のサッカーこそが美しく高尚なものだとカタラン人選手の自尊心を増長させ、バルサのサッカーが上手く機能しない際は、審判への物凄い速さのハイプレスや「ボール支配率では勝っていた」などと意味不明な発言をするまでに制御不能になっている。
少なくとも、美しく敗れると説いたクライフの言葉はグアルディオラの前後で消えてしまった。
いや、正確にはプジョルというバルサの良心と闘争心が失われてからかもしれない。
大先生の理想
チャビの理想はどこのクラブのスタジアムであろうと芝が短く、パスがまわることにある。
かつての名物審判だったイトゥラルデ・ゴンサレスは2011-12シーズンを最後に引退。
引退後、イトゥラルデは自宅の庭で、自らが芝刈り機を動かしている姿の写真とともに以下のようなツイートをしたことがあった。
「自宅にいて、静かに過ごしている。明日シャビがランチにやって来るという連絡があったから」
バルサイズムの体現者であったシャビ。バルセロナが相手のホームゲームとなると芝生を通常よりも長くして、ボールのスピードを少しでも殺し、そのパスワークを封じようとするホームチームもあった。その都度、シャビは芝生の長さに言及していた。そんな大先生をネタにした元審判の最大級の皮肉である。
彼がバルサに監督として帰還してからも相変わらずのパフォーマンスだ。
21-22のEL王者となったフランクフルトとの1st legを同点で終えた際も、ポゼッションで優位に立ちながらもパスワークや連動した動きで打開すると場面がほとんどなく、持ち味を生かせず苦戦したことについて、記者にフランクフルトのスタジアムであるドイチュ・バンク・パルクの「芝が良くなかった」と説明した。
「フィールドは正直、ベストなコンディションではなかったと思う。ボールがうまく回らなかった。芝生が良くなかった。ホームでは、もっとボールを上手く回すことができると思う」
彼はバルサの救世主として帰ってきたはずだったが、相変わらずの屁理屈は一丁前ぶりを披露することとなった。
当然のことだが、チャビ大先生にクライフイズムが受け継がれているはずもなく、カタルーニャの政治家候補と一緒に文句だけはワールドクラスな選手時代を過ごしてきた彼は、ラマシア仕込みのパスワーク主体のサッカーを落としこむだけに終始している。
戦術ルーク・デ・ヨングと戦術デンベレに救われることが多かった21-22シーズンのチャビバルサにとってはこの上無い皮肉とも言える。
理想に溺れなかったのが残念ではある。
通訳リベンジャー
原始的なトータルフットボールはクライフの天敵ファンハールが受け継いだように感じる。
そして、それは弟子をモダンなトータルフットボールへと進化させた。
そう、ジョゼ・モウリーニョである。
コンパクトで組織的な守備、攻守からの切り替え、中盤からの飛び出しで攻撃参加。
また、サイドバックから中盤を経由して逆サイドへの展開や、ピッチを広くワイドに使うサイド攻撃など、モウリーニョマドリーが提示し、効率的すぎてアンチフットボールと自称クレが罵っていたサッカーこそ、そしてグアルディオラ政権に終止符に突きつけたのはまさしくジョゼがもたらした現代版アレンジのトータルフットボールだったのだ。
バルセロニスタにとっては「不都合な真実」この上無い。
これが冒頭に述べたクライフイズムとバルサイズムはイコールではないという本質だ。
ちなみに、グアルディオラはバルサをより生かせるチーム作りとしてパスまわしを主体にボール支配率を上げて相手を疲弊させることを選択しただけである。
モウリーニョマドリーがトータルフットボールの現代版を完成させたのは皮肉ではあるが、ペップバルサが6冠のチームを造り出したのも彼の功績である。
賢人の練習風景を見学し、後にUEFA CL3連覇という金字塔を打ち立てたマドリーの監督がジダンというのも皮肉かもしれない。
最後にレアル・マドリードの前身クラブであるマドリード・フットボール・クラブに関わった創設者が、カタルーニャ人のフアン・パドロスであったのは、未来から視ているマドリディスタにとっては、なんとも興味深い運命のイタズラと言えるであろう。
了
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