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忘れがたき私的名作漫画 『天使とダイヤモンド』

◆そしてあの場所の持つ意味を 俺がかえてあげる。

 このテーマではあまり私の耳には入らなくなった漫画の中でも、私の心を支えてくれた名ゼリフを発信してくれた漫画について書いていこうと思う。
(まぁ、だいたいが古いんだけどね。)

 第一弾は、那須雪絵さんの『天使とダイヤモンド』(白泉社)。当時の少女漫画としては珍らしい、応援したい女の子側じゃなく、甲子園に行きたい男の子、女の子側から物語を進めた野球漫画だ。


『天使とダイヤモンド 1巻』

最初にこの作品の視点人物として登場するのは、「都立の星」と期待されながら甲子園出場を果たすも1回戦でボロ負けを喫した元・エースの加野圭吾。このことがトラウマとなり、以後、野球には徹底的に関わらない、と心に決めている。 が、大学を卒業し、就職先として赴任した高校には年下の従妹・開が生徒として居合わせていた。彼は圭吾に野球部の監督になるよう、要請する―。

 甲子園を目指したい男の子側からの物語が少女漫画としては珍しい、と書いた。が、逆に少女漫画だからこそ、一人一人のキャラクターの掘り下げが丁寧で結果、ストーリー全体がとても魅力的だ。

 実質、主人公と言っていいだろう、圭吾の年下の従兄弟・大沢開。
 野球部のない高校に部を作り、さらには初出場で甲子園に行こうという野望を抱いている。だが、そのためなら圭吾からの昔の手紙(ホントは彼の筆のものではない)を持ち出し、半ば強請りにも近い方法で圭吾を監督に据え、野球が好きだが父に従いたくないジレンマを抱える、ピッチャー候補・立花を策略を使って入部させてしまう。
 高校2年生という設定だが、相当の策士だ。圭吾をもってして、(あの開が…。)と当惑させるほどの変貌ぶりなのである。

 だが、開の真意は策士な行動の向こう側にある。ここからが作者の筆力の凄みだ。

 つい5年前まで喘息を患い、病弱だった開は、圭吾をヒーローとして心底慕っていた。が、そのヒーローが無残なまでに甲子園で敗北した。その姿をTVの画面越しに見た彼が抱いたのは、堕ちたるヒーローへの幻滅ではない。落胆はもちろんあったろうが、最終的に彼が至った結論は「(圭吾にとっての)あの場所(甲子園)が持つ意味を 俺が変えてあげる。」という新たな誓い。
 こんな胸熱な展開があろうか!

 その後、社会人になって、職場が辛いな、と思うことは何度もあったけど、この言葉があったから踏ん張って来られた。
(どんなに嫌でもこの場所を持つ意味を、私が変えていくんだ。)と、胸の中で唱えながら。そう唱えたって上手くいくこともあったけど、行かないことだってあった。それでもそうやって頑張った事実が、最後には傷の痛みに飲み込まれそうな私を救ってくれた。

 もう一つ、この話の中で語られる、たくさんの子どもたちの物語の中で一際、私の心を鷲掴みにしたのは開の双子の妹、七美ちゃんのストーリーだ。

 私は今でこそそれほど険悪な関係性ではないが、いい年までかなりの野球嫌いだった。その原因はこの七美ちゃんに通づる点も多くある。
 私も子どもの頃は野球の試合に出たい、と思うくらいに野球に入れ込んだこともあった。あったのだが「女の子は野球チームには入れられない」というのが私の年代の九割がたの考えだったので、野球に関わるには高校生になるくらいを待って、マネージャーになるくらいしかなかったのだ。
(中学生までは選手としての参加は可、ですらなかった。)

 ーーー大嫌いになっちゃったねぇ、その時は。そして諦めも早かった。

 この話に出てくる七美ちゃんは、その当時の私ほどひねくれてはいなかった。
むしろ私よりずーっといい子だ。
小学校5〜6年までは「エースで4番しかしたことがない」と豪語するくらいの腕前の選手だった。ところが彼女の体に思春期のはじまりの変化が訪れる。それも、大好きな野球の試合のマウンド上で投球中に、だ。
 結果、今までのチームメイトだった男の子たちにはこの一件をからかわれ、距離を取られてしまう。その一方で女の子たちの輪に入りたくても、野球に夢中になっていたから女の子らしい遊び方もわからず、居場所を失って途方に暮れる七美ちゃん。その姿が、悲しく私の胸に刺さった。

 この(要は初潮の)描写が当時の少女漫画としては生々しい、と判断されてしまったようだ。連載は唐突に中断され、知らないうちに別冊に掲載された『完結編』だけが『それからどしたの?仔猫ちゃん』の単行本に収録された。
内容はーーー

 かなりの駆け足で風呂敷を畳まねばならなかったように見受けられる展開が痛々しかった。そしてそんな駆け足の展開の中にもキラッキラッと輝くセリフが詰め込まれていて「ああ、この話は本当に世に出たかったんだなぁ。」と、思わせられた。キラッキラッの輝きが、そのままチクチクした小さな痛みに変わるような、惜しい終わり方をした。

 でも作者の那須さんの思いの強さは、この『完結編』でもビシビシと心地よく伝わってくる。もしも叶うものなら『完全版』が見たい漫画である。


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