冤罪とデジタルタトゥー 4

  

【第三章】『デジタルタトゥー』


 翌朝悟志のケータイに山村から電話があった。

『おはようございます飯塚さん、今日は土曜日でお仕事休みですよね、これからお宅に伺ってもよろしいですか?』

「別に構いません、ではお待ちしています、わたしもお話したいことがあるので」

『そうですか、分かりました、ではこれから伺いますね』

 それから三十分ほどたったころ、山村が飯塚家にやってきた。

「良く来てくださいました、どうぞあがってください!」

 山村を向かい入れる悟志。

 リビングのソファーにテーブルをはさんで対面に座ると、まず悟志が口を開く。

「先生、お話というのは何でしょう」

「その前に飯塚さんのお話を伺いましょう、お話というのは何ですか?」

「ありがとうございます、その事なんですが実は会社をクビになってしまったんですよ」

「そうですか、でもどうして」

「何日も無断で会社を休んでいたわけだから何かしらの処分は覚悟していました、でもその理由が逮捕されていたことだとは思いませんでした、痴漢で逮捕されたことが会社に知れ渡っていたなんて」

「その事なんですが、飯塚さんが逮捕された際スマートフォンか何かで隠し撮りされていたようで、その写真をインターネット上に掲載されてしまったんです! その写真とともに書かれていた言葉がひどくて」

「なんですかその言葉というのは」

「ちょっとお聞かせしづらいのですが」

「構いません言ってください」

「分かりました、では言いますね、そこに書かれていた言葉とは」

『女子高生を襲ったロリコン変態野郎はこいつだ』

「と飯塚さんの写真とともに実名まで書いてありました」

「そうですか、だからみんなあれほどわたしを避けていたんですね?」

 がくりと肩を落とす悟志。

「そういうのって削除してもらっても無駄なんですよね」

「そうですね、元を削除してもSNSなどにあげられてしまえば次々と拡散されコピーされてしまいます! 最近ではこういうのをデジタルタトゥーと言います」

「そうですか、これに関しては諦めるほかないようですね」

「残念ですがどうしようもありません」

 ここで山村が一言尋ねる。

「それはそうと、冤罪だという事は説明しなかったんですか?」

「もちろんしました、でも一度決まったことだからと言って覆りませんでした、それにあの様子では冤罪だという事も信じていない様子でした」

「そうですか、でもそうなると新しい就職口を探さなくてはなりませんね」

「そうなんですが、こう誰もかれも信じてもらえないと面接に行っても信じてもらえるかどうか、面接ではなぜ今までの仕事を辞めたのか聞かれるでしょうから」

「本来であれば弁護士の立場でこういうこと言うのもどうかと思うのですが、正直に言わないという手もありますが?」

 しかし根が正直な悟志にとってはそんなことできるはずがなかった。

「そんなことできません、もしバレたときになぜ黙っていたんだってことになるじゃないですか! それにネットでバレているという事は面接先の会社でもすぐにばれるかもしれません」

「確かにそうですが、でもそんなことをしていてはなかなか就職先も見つからないんじゃないですか?」

「そうかもしれません、でも嘘をつきたくないですし、先程も言った通りあとでバレたときになぜ黙ってたんだってことになりたくないんです! それに後からバレてしまうとやっぱりやましいことがあるから黙っていたんだって思われそうで」

「そうですか、確かにそうかもしれませんが、ところで先程誰もかれも信じてもらえないと言っていましたね、と言う事は信じてもらえなかったのは会社だけではなかったんですか?」

「実はそうなんです、夕べ近所の人たちが来てここを出て行ってほしいと言われました」

「なんですかそれ!」

「高校生の娘がいるから、わたしみたいな人が近所にいると何かされるんじゃないかと心配なんだそうです」

「そんなのあんまりじゃないですか冤罪に過ぎないのに、その人たちにはその事は説明しなかったんですか?」

「もちろん説明しました! 示談金目当てのでっちあげだという事も全部、でも信じてくれないんですよ」

「それは辛いですね、でも出て行く必要ないですよ、飯塚さんにはこの家に住む権利があるんですから」

 しかしここでうつむいてしまう悟志。

「でも今後周りの冷たい視線に耐えられるかどうか」

「確かにそうですよね」

 ここで本来の用件を伝える山村。

「すみません、本日伺った要件を忘れる所でした!」

「なんでしょう要件と言うのは?」

「バスの中での目撃者が見つかりました」

「ほんとですか?」

 一瞬にして瞳を輝かせる悟志。

「飯塚さんがバスの中で両手でつり革を握っているのを複数回見ていたそうです、飯塚さんの写真を見てもらったところ間違いないとのことです! 正直な話これほど早く目撃者が見つかるとは思いませんでした」

「ありがとうございました、これでこちらから訴えることが出来ますか?」

 そう尋ねる悟志だが、山村の表情はさえなかった。

「正直な話まだ材料としては乏しいでしょう、今回見つかった目撃者が証人となってくれるかもまだ分からないですし」

「そうですか、山村さん、とにかくその目撃者の方にわたしも会わせていただけないでしょうか? もちろん連絡先は聞いているんですよね」

「分かりました、今度連絡を取ってみます」

 その後山村が目撃者の男性に連絡を取ると、一週間後の日曜日山村の事務所で会ってくれることとなった。

 事務所で悟志が山村とともに待っていると、そこへ目撃者の男性がやってきた。

 その人物を山村が大きな声で向かい入れる。

「ようこそ来てくださいました、どうぞお座りください」

 そういうと山村は窓際に設置されている応接セットのソファーに座るよう促す。

 その向かいに山村と悟志が腰を下ろすが、すぐに再び山村が立ち上がった。

「陽が射して少しまぶしいですね」

 そう言いながらブラインドを下ろす山村。

 再び腰を下ろすと目撃者の男性に問いかける。

「わざわざ来ていただいて申し訳ありません、ここ直ぐにわかりましたか?」

「何度か迷いましたが分かりました」

「そうですか、では紹介しますね、こちら飯塚悟志さんです」

 その声に続くように挨拶をする悟志。

「飯塚悟志と言います、よろしくお願いします」

 次に山村は目撃者の男性を悟志に紹介する。

「こちら目撃者の中山浩二さんです」

 その声に続き挨拶をしつつも、名刺を差し出す中山。

 それに対し悟志は一言詫びを入れつつも名刺を受け取る。

「すみません、わたしは会社を辞めたばかりで名刺を持っていなくて」

「良いですよ気にしなくて」

 中山の返事を聞きながらも名刺を確認した悟志は驚いてしまった。

「これって!」

 突然驚きの声を上げた悟志に中山は何事かと尋ねる。

「どうかしましたか?」

「この会社なんです」

「僕の勤めている会社がどうかしましたか?」

 尋ねる中山に悟志が続ける。

「この会社なんですよわたしを解雇したのは、部署は違いますがわたしも先日までこの会社に勤めていました」

「そうだったんですか、世間は狭いものですね、そういえば僕たちの所にも痴漢行為を働いてクビになった社員がいたという噂が流れてきましたが、あなたのことだったんですか」

「実はそうなんです、示談金目当てにでっちあげられた冤罪だと言っても信じてもらえませんでした」

「そういう事だったんですね、正直言うと僕も最初この噂を信じてしまっていました」

「やっぱりこういうのって実際にはやってなくても信じてもらえないものなんですかね?」

 悟志の言葉に一言詫びを入れる中山。

「すみません飯塚さんの事を信じてあげることが出来なくて」

「良いんですよ別に、それにその頃はわたしの存在さえ知らなかったんだから、その頃の中山さんにとっては単なる噂話の一つだったんでしょ? 仮にわたしがあなたの立場だったとしても同じだったと思います」

「ありがとうございますそう言ってくれて、でも今の話を聞いてその噂が事実でないことに気付かされました! 確かにバスの中で両手でつり革を握っていたのはここにいる飯塚さんです、間違いありません」

 ここで弁護士の山村が確認する。

「バスの中で両手でつり革を持っていたのは確かに彼で間違いないですか?」

「はい、間違いなく飯塚さんです、顔もはっきりと覚えてます!」

 その言葉を聞いた悟志は中山にあるお願いをする。

「中山さんお願いがあるんですけど」

「なんでしょう?」

「わたしが無実だという証人になって頂けませんか?」

「もちろんですよ、痴漢をでっちあげて示談金をかすめ取ろうなんて許せません!」

 悟志の願いに中山は快く承諾するが、ところがそこへ山村の不安な声が二人のもとに飛んできた。

「証人になって頂けるのはありがたいのですが、ただその証言だけでは弱いと思うんですよ、すみません水を差すようなことを言ってしまって」

 その言葉になぜかと尋ねる悟志。

「先日もそのようなことを言っていましたね、どうしてですか? せっかく目撃者も見つかったというのに」

 悟志ががっかりしながらも尋ねると、そんな悟志に山村が応える。

「今回お二人が同じ会社に勤務されていたことが判明いたしました、と言う事はもともと二人は知り合いで中山さんが飯塚さんをかばっているとも受け取られかねません!」

「そんなぁ、どうにかならないんですか?」

 困り果てた悟志が情けない声を上げると、そこへさらに続ける山村。

「先日見つかったと言いました路地の防犯カメラ映像も遠くてはっきりとは分からないですし、あれはあくまでも路地での映像ですからバスの中でどうしたかなんていうのは分かりません!」

 そこへ声をかけてきたのは中山であった。

「待ってください! バスの中の映像があればいいんですよね?」

「そういう事になりますがそれが何か?」

 不思議そうに尋ねる山村。

「そういう事でしたらまだ希望があるかもしません」

「というと?」

 再び山村が尋ねると中山が続ける。

「あの会社のバスにはもしかしたら車内に防犯カメラが設置してあるかもしれません!」

 その言葉に希望の声を上げる山村。

「ほんとですかそれは、それはドライブレコーダーとは別にという事ですか?」

「はいそうです、わざわざカメラを気にしてバスに乗ったことはないのではっきりとしたことは言えませんが、以前防犯カメラらしきものが付いているのを見たことがあります」

 中山による説明に返事をする山村。

「そうでしたか、確かに最近では防犯意識が高くなってバスなどでも防犯カメラを設置する車両も増えてきたかもしれませんね?」

「でもさすがにバスですからね、どの会社も経営状態は良くないでしょうからそう言ったバス会社は少ないと思いますよ」

 中山が言うと、その言葉に山村が応える。

「確かにそうかもしれませんね、とにかく明日にでもその会社に問い合わせてみましょう」

「少しでも無実の可能性が高まるのならわたしからもお願いします」

 悟志の悲痛な願いであった。

 その後山村はすぐにバス会社の電話番号を調べアポイントを取った。


つづく

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