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ネパールのお祭りで知った『心はよく判断を誤る』ということ 〜前編〜

ネパールを旅していたときのことです。
僕はバッグに入れていたお金を全てなくしてしまいました。それは貧乏旅行の最中のなけなしの100ドル相当でした。

僕はその時、ネパールの伝説の神様「クマリ」が人の前にお目見えするというお祭りに参加していました。

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まずは「クマリ」について少しお話しましょう。
ネパールにはヒンドゥー教の女神パールバティの生写しが実際に存在しています。それが「クマリ」です。
クマリとは、分かりやすく言うと「生き神様」。生きた人間に神様を継承させるという、ネパールに今も残る生き神信仰の象徴的存在です。

ネパールには、およそ三千万人の人が暮らしています。中国やヒマラヤやインドと国境を接しているためか、数多くの民族からなる多民族国家でもあります。そのネパールで信仰されている二大宗教が、仏教とヒンドゥー教。クマリは、ヒンドゥー教の神として、今を生きるとされているのです。

ヒンドゥー教にはたくさんの神様が存在していますが、有名なのが、「ブラフマー」、「シヴァ」、「ヴィシュヌー」。この三柱が三神一体とされ、それぞれ、創造、破壊、維持、の神様なのです。

ヒンドゥー教には登場人物(登場神様?)が多く、かなり複雑なのですが、この三神からどんどん子どもが生まれて一族になる、という人間と同じような世界が繰り広げられています。

皆さんは、「ガネーシャ」という名前を聞いたことありますか?
体は人間で頭は象の形をした富と学問の神様です。アジアン雑貨店などでもよく見かけますね。ガネーシャは、先ほどお話したシヴァ神の長男とされています。

日本でも有名なガネーシャですが、学問の神様と言われるようになったのは、ヒンドゥー教の聖典『マハーバーラタ』を口述筆記したからなんだとか。チャーミングな外見の割にとてもすごい神様なんですね。そして、ガネーシャのお母さんこそが女神パールバティ。今回のお話の中心クマリのはガネーシャのお母さんだったんですね。

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さて、お話をクマリに戻しましょう。クマリは、シヴァ神の奥さんの一人、パールバティと同一視された存在だと信じられています。肝心なクマリですが、サンスクリット語で、「穢れなきもの」や「少女」と言う意味なのだそうです。そして、その名の通り、人間の少女に代々受け継がれます。

もちろん誰もが選ばれるという話ではなく、聞くところによると、クマリを継承するには、「ネワール族である」ことから始まり、「牛が首を切り落とされた場面を目の当たりにしても怖がらない」など、32個の条件をクリアする必要があるそうです。そして、儀式に則って継承者が決められるのだそうです。
クマリはまさに神様なので、普段は人前にお目見えすることはありません。

そんなクマリが、唯一人前にその姿を表すのが、ネパールで年に一度催される大祭の時です。合計8日間続くお祭り期間中で、お目見えはたったの三日間。三日間と言っても神輿に乗って街をぐるりと一周するだけなので、時間にするとお目見えは一年間でほんの数時間あるかないかなのです。

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そんなお祭りに参加していた時の出来事でした。お祭りの中心になる広場は地元の人たちで埋め尽くされていました。どうやらすぐにクマリがお目見えするわけではないようでした。夕方に差しかかる頃あいの広場ではカトマンドゥ地方の歴史を模したパレードや仮面劇のようなダンスが繰り広げられていました。

押し合いへし合いの状態の中、後ろにいたおじさんが僕に話しかけてきました。おじさんは、いま行われているダンスの意味や、カトマンドゥの成り立ちを教えてくれました。

次に、人の波に流されて僕の前までやってきた四人の少年たちが話しかけてきました。少年たちは、自分の髪型がいまネパールで一番アツイんだぜ的な話を捲し立てました。

ダンスの激しさがます度に、僕たち群衆はまるで大波に翻弄されるかのように、右に左に前に後ろに流されました。

次に流された先では、小さな女の子を肩に抱いたお父さんに出会いました。お父さんは肩の上の娘さんにクマリをひと目見せてやりたいんだと笑いました。すし詰めの人混みの中、お父さんに抱かれた女の子はとても涼しそうでした。

*  *  *

そんな出会いを繰り返していると、遠くの方で歓声が上がりました。クマリの登場でした。広場のボルテージは一気に上がり、僕はもみくちゃにされました。

クマリは鮮やかなマリーゴールドの花で彩られた黄金の神輿に座っていました。神輿は広場をぐるりと一周します。神輿が動く度に、僕たち群衆も波に飲まれて流されました。

クマリが街の方へ消えていき、広場の興奮が落ち着き始めた頃、あたりはすっかり暗くなっていました。僕は宿に戻ろうと、何気なくバッグに手を伸ばしました。違和感に気づいたのはその時でした。

「バッグが開いている。」

肩に斜めがけしていた小さなバッグのファスナーは全開でした。そして、中に入っていたお金はすっかりなくなっていました。
貧乏旅行のなけなしの12000ルピー(100ドル相当)でした。

*後編はこちら👇


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