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『菌類の隠れた王国』著者キース・サイファート氏インタビュー

菌類の入門読み物として最適な『菌類の隠れた王国』を執筆したキース・サイファート氏へインタビューを行いました。インタビュアーは国際ジャーナリストの大野和基さんです。

すでに猛暑が始まっていた7月に来日したサイファート氏から見ると、日本人は世界的に見ても菌類好きの国民なのだそう。けれど、日本の人々はそれに気づいていないし、どこからどこまでが菌類で、菌類がどういう生き物かということにまでは、あまり広く知られていないのではないかとのこと。

このインタビュー記事を読んで、菌類についてもっと知りたくなった方は、ぜひ楽しく読める本書で菌類について深く学んでいただければと思います!

※本稿は「週刊文春」(8月29日号)の「著者は語る」からの転載です。

菌類の隠れた王国

■ ■ ■
「日本人は西洋人と比べるとはるかにmycophilic(菌類愛好症)です。〈もやしもん〉というマンガにコウジカビのキャラクターが登場するほどです」

 普段我々一般人は菌類のことを考えることはめったにない。しかし、日本には醤油、味噌、納豆、酒、焼酎などコウジカビを使った菌類製品が多い。最近では死者を出した紅麹サプリがニュースになった。

 菌類学者のキース・サイファート氏の初の著書『菌類の隠れた王国』は、菌類の分類はもとより、地球のエコシステムを循環させる役割としての菌類のありとあらゆる面に話が及ぶ。

「ジャガイモ疫病など作物被害を引き起こすアフラトキシンは毒性が高い菌で、それもコウジカビです。世界中でカエルが水生菌類に攻撃されて死んでいますが、frog apocalypse(カエル・アポカリプス)と呼ばれています。この菌のために何百という種が絶滅し、しかも人間が菌の拡大に寄与しているようです」

 我々が雨季に見かけるパンに生えるカビも危険だ。

「世界中の肝臓がんの主な原因はマイコトキシン(カビ毒)です。毒キノコの場合、すぐに症状が出て時には死に至りますが、マイコトキシンは肝臓に蓄積され、あるときそれがティッピングポイントに達して病気を発症します。カビがそれを出しているかどうかは顕微鏡でみてもわかりません」

 菌はなぜ毒性のあるものを作るのだろうか。

「その理由は、自分たちが餌にする木を昆虫に食べさせないためとか関係によって理由が異なりますが、人間に対する菌類の効果は、進化の視点からみると一種の偶然です」

 元々毒性が高くてもビール酵母やパン酵母はそういう菌類が「家畜化」されたものであるという。たった一種類のカビが原因で絶滅した北米の栗があるかと思えば、森の木々はキノコの菌糸を通じて会話しているというから、その秘めたパワーにはただただ脱帽するしかない。一方で誰もが知っているペニシリンや免疫抑制剤で有名なシクロスポリンなどの抗生物質も菌類から発見されている。

 しかし、本書のテーマは相利共生である。

「我々が生きている世界は、その性質上、競争、適者生存に基づいている、と考える人がいますが、それは極めて偏った見方です。この世界は多くの協力が見られ、特に生物界では顕著です」

本書が初の著書になるサイファート氏だが、時には菌の立場になることで多くのことを学んだという。

「非常に哲学的なことですが、人類は世界を支配するためにあるのではありません。私たちは互いに支配し合う存在ではなく、世界の一部であるのです。共生のバランスを失ったとき病気になったり、機能不全になったりしますが、常に状況は流動的で変化しています」

 本書第9章「高度一万メートル……菌類と地球の持続可能性」は白眉と言っても過言ではない。

〈菌類に対する私たちの姿勢を問い直すことは、行動を変えるために欠かせない。私は、もっと多くの人が、菌類という微小サイズの隣人に興味を持つようになってほしいし、それが難しくても、疑念や恐怖をあまり抱かなくなってほしい〉

 この言葉に著者の切実な願いが込められている。

 さらに菌類テクノロジー、環境修復面での菌類の重要な役割、WHOが推進する「ワンヘルス」アプローチ、政策と規制の重要性にまでサイファート氏は言及する。

「未来は菌類とともにある」という著者の言葉は決して誇張表現ではないのだ。

(取材・文 大野和基)
(「週刊文春」(8月29日号)「著者は語る」より)

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本書の目次

序文 (ロブ・ダン)
菌類の名称について

イントロダクション ダストの中の多様性 
約束の土地
菌界──菌類の王国
菌類のウムヴェルト

■第I部 隠れた世界

第1章 コロニーの中の生活……菌類の進化 
菌類を見るには──同定、培養、解析
菌糸、菌糸体、胞子──ある菌の一日

第2章 ともに生きる生物……相利共生から寄生、生物学的侵入まで 
地衣類──菌類と藻類のギブアンドテイク
ハキリアリと菌糸の園──農業の発明
片利共生──何もしてくれない友人
グレーゾーン──寄生菌か病原菌か
侵入──外エイリアン来種がやってきた
侵入された細胞

■第II部 菌の惑星

第3章 森……木を見て菌を見る 
空の上の街──内生菌と着生菌
地下からの手紙──菌根菌と根圏菌
木を弱らせるキノコ
菌に侵された森
すべてを分解する──木材の腐食と栄養素循環
生物的防除──共生関係を応用する

第4章 農業……世界で七番目に古い職業と菌類 
作物の共生菌──菌根菌、根圏菌、内生菌
さび病は眠らない
徐々に効く毒──麦角病とマイコトキシン
アフラトキシン、ボミトキシンそして近代農業
農業における生物的防除法──ボーベリア属菌とノゼマ属菌
農から食へ

第5章 発酵……食品、飲料、堆肥 
甲虫からボトルへ──酵母による発酵
生命の一切れ──イースト発酵のパン
はいチーズ!──カビ発酵の乳製品
東洋の宴──醬油に始まるコウジカビの冒険
デザートにはチョコレートドリンクか紅茶、コーヒーを一緒に
食うべきか、食わざるべきか──腐った食べ物か、食べられる堆肥か

第6章 秘密のすみか……菌類と屋内環境 
床下や壁の間に──木材の腐朽や青変
湿った狭い場所──キッチン、洗面所、パイプの水漏れ
砂漠の空気──好乾性菌類、ダニ、カビ胞子
私たちが吸う空気(その一)──カビ粒子、マイコトキシン、アレルギー、喘息

第7章 ホロビオント……マイコバイオームとヒトの体 
皮膚──フケや、菌が原因の不快症状
消化管──謎の多い共生菌、カンジダ属菌
私たちが吸う空気(その二)──肺で増殖する菌類
AIDSと真菌感染症の増加
マイコバイームと抗真菌薬

第III部 菌糸革命

第8章 マイコテクノロジー……菌類のある暮らし
 
工業的マイコテクノロジー──有機酸、プラスチック、酵素
バイオプロスペクティング──新薬の探索
マイコフードとバイオ燃料
マイコレメディエーション──環境修復の新たなアプローチ
ブティック型バイオテクノロジー
マイコテクノロジーに囲まれた世界

第9章  高度一万メートル……菌類と地球の持続可能性 
政策と規制──貿易とビジネス、生物多様性のバランスを取る
生物標本コレクション──科学研究と持続可能性のバランス
シチズンサイエンス──菌類との新しい関係
ワンヘルス──持続可能な世界に向けたビジョン

謝辞
訳者あとがき
付録 菌類の分類
原注
参考文献
索引

著者・序文著者・訳者

■著者 キース・サイファート
カールトン大学教授。40年以上にわたり、五大陸を股にかけ菌類を研究してきた。カナダ農業・農産食料省研究所では長年、農場や森林、食品の中の菌類について、また、屋内のマイコトキシンの抑制、菌類が原因の動植物の病気を研究してきた。International Mycological Associationの会長、Mycologia誌の編集長なども務めた。カナダ、オタワ在住。

■序文著者 ロブ・ダン
ノースカロライナ州立大学教授。著書に『家は生態系』『ヒトという種の未来について生物界の法則が教えてくれること』(以上、白揚社)、『世界からバナナがなくなるまえに』(青土社)などがある。アメリカ、ノースカロライナ州ローリー在住。

■訳者 熊谷玲美
東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻修士課程修了。訳書にハリー・クリフ『物質は何からできているのか』、エリック・アスフォーグ『地球に月が2つあったころ』(以上、柏書房)、エマ・チャップマン『ファーストスター』(河出書房新社)、デイビッド・バリー『動物たちのナビゲーションの謎を解く』(インターシフト)、アリ・S・カーン他『疾病捜査官』(みすず書房)、サラ・パーカック『宇宙考古学の冒険』(光文社)など多数。


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