大統領に学び、大統領で遊ぶ
世の中の呑兵衛はふたつに分けられる。
大統領を愛する呑兵衛と、そうでもない呑兵衛である。
聞かれてもいないうちから答えるのは私の悪い癖ではあるが、あえて言おう。私は大統領を愛している。
どれぐらい愛しているかというと、7、8、9月のほとんどの日曜日、昼下がりから私は大統領の煮込みを食べ、ホッピーを呑み、強かに酔い、夕方の6時には寝てしまうという生活を送っていた。
そしていま、大統領に若干飽きつつある。
何事もやり過ぎはいけないということだ。自重を促したい。
ああ、また大統領から学んでしまった。人生のコク、というようなものを。
それぐらい大統領愛に溢れた私の奇譚に、しばしお付き合い願おう。
大丈夫。そんなに長くならないはずだから。
そもそも大統領とは
上野といえば西郷どん、あるいはパンダというイメージを抱く人は多い。少なく見積もっても全国民の96%ほどはそう思ってるんじゃないかな。
ちょっと詳しくなると不忍池やら東京都美術館、はたまた昭和通りのバイクショップといったアド街レベルの知識をひけらかしたくなる。
さらにもう半歩踏み込むと、という水準にあるのが、聚楽、ABAB、そして今回のメインステージであるアメ横だろう。
年末になると決まってアメ横商店街の菓子屋や乾物屋がしわがれ切った河岸声で「ハイこれもオマケこれもオマケこれもこれもオマケオマケオマケ全部持ってけこの野郎」と啖呵売パフォーマンスを演じるあの一帯である。
ちょうどそのアメ横を国電挟んで反対側、丸井の裏あたりにゴチャッとした飲み屋のコングロマリットがある。道路ギリギリまでパイプ椅子を出す店、立ち飲みの店、国籍不詳の店。とにかく猥雑な一角にあるのが『大統領』だ。
そう、大統領とは古い歴史を誇るもつ焼き・煮込みの居酒屋である。どれぐらい古いかというと私が上京してきたときにはすでに店頭で酔っぱらいが寝込んでいたので、相当なものだ。と、思っていま調べたら1950年創業とのこと。老舗にもほどがある。
実は大統領は2店舗あり、アメ横ガード下に本店を構えている。私がこよなく愛するのは支店の方で、本店から20メートルほどの場所にある。ここは本店と違って2011年にリニューアルオープンされた、まだ新しい店舗だ。
私がなぜ支店を支持するのかというと、本店はハードルが高いのだ。行ってみればわかるが、客層、店員、店構えそのどれもが一見の入店を即ブロする独特の雰囲気を纏っている。
その点、支店は実に入りやすい。そのせいか若い女性客も多く「ウッソーホントーヤダーカワイイー」などと言いつつガツやらギッシュやらをつつく生態を確認できる。
たくさんのギャルに囲まれてひとり、盃を口に運ぶときの侘しさ、寂しさ。これ以上旨い肴はない、と断言したい。
それが私が支店を熱烈支持する理由なのだ。
とはいえ支店にもそれなりのルールというか、お作法は存在する。それを解説しよう。
大統領のお作法
大統領はいつ行っても満員である。
混みあう店内にずんずん入っていこうとしようものならホワイトハウスの職員(大統領の店員さんをこう呼ぶ・但し私だけだが)に止められ「あちらに座ってお待ちください」と店の奥に並べられたパイプ椅子を促される。
多くの共和党員(大統領で呑まない層をこう呼ぶ・但し私だけだが)はここで衝撃を受けて「じゃあいいです」と店を後にしてしまう。
ここで怯んではいけない。
あきらめてはいけない。
あきらめたらそこで試合終了なのだ。
店内の混雑ぶりやパイプ椅子に座って貧乏揺すりをしている待機客のイラつきなどまるで意に介さず、といったオーラを出しながら笑顔を浮かべつつ行列最後尾に座るのである。
するとほどなくして「1名さん?あっちカウンターどうぞ」「2名さん?2階どうぞ」と案内される。私の経験値から言って、15分待たされたことはない。回転がいいのである。
逆に、ウエイティング中は情報収集と意思決定に費やす貴重なひとときといえよう。
飲み物はビールかホッピーか。それに合わせるつまみは…と壁一面に貼られた短冊を眺めつつ、全体の設計図を頭の中で描くのである。
そうすることで着席直後、ホワイトハウス職員に澱みなくファーストオーダーが出せるようになる。そんなあなたにホワイトハウス職員は「お主デキるな…」と気を引き締めてくれるだろう。
大統領のアリーナ
国技館に特溜席、マス席、2階席があるように。東京ドームに2階席、バルコニー席、外野席があるように。大統領にも席の順列がある。
大統領は店頭のテーブル席、1階のカウンター、1階奥のテーブル、2階のテラス席、2階カウンター、2階テーブルで構成されている。その中でアリーナとも言える特等席はやはり1階カウンターの店頭寄り角だろう。
目の前にもつ煮の大鍋が鎮座している。
そして店の中でおそらく上位の権力を与えられている女性(国務長官と呼んでいる・但し私だけだが)が采配を振るう一角で、常連で固められる聖域でもある。
そこで交わされる会話はペンタゴン内でのみ通用する符牒で構成されている。ある日の国務長官と常連のやりとりを紹介しよう。
常「俺、北区の高校出た」
国「私も●●高卒だよ」
常「えっ!?あのおっかない…」
国「●●の●●も知ってるし●●はマブ」
常「はーっ、おみそれしました」
昨日今日東京都城北地域で生活をはじめた者には何を言っているかさっぱりわからないであろうアジのある会話である。もちろん常連はベロベロで目の焦点もあってない。
実は何を隠そうこの私も、常連ではないにも関わらず、つまり偶然にもこのアリーナに2度ほど案内されたことがある。掲載の画像はその時にここぞとばかり撮影したものだ。
初回、二回目ともに濃ゆいメンツに囲まれて、ほぼ何もできなかった。ほろ苦いアリーナデビューだ。二回目は隣に座った歯のない老人のお会計がこっちに回ってくるところだった。こういうことがあるから大統領はやめられない。
注文すべきもの
いよいよオーダーについて語るとする。
マストは言わずもがな、煮込みである。大統領の煮込みは馬である。ここがポイントである。日曜日といえばレースがある。浅草なり銀座なり汐留なりで馬券を買ってから大統領に、というコースができている。
メインレースは大体15時半前後。そのころに馬のもつ煮を食べる。願をかけながら食べるのだ。頼む、お願い、お馬さん!と祈りながら噛み締める馬のもつ。これを舌福といわずしてなんという。
そしてとうふやこんにゃくをホッピー白で軽やかに流し込む。
さらに追加でおろしポン酢牛串、牛ハラミなどで景気をつけつつ、腹を太らせるために里芋やうずら卵などを随所に挟む。
これでホッピーの中おかわり3回、ソト2回で消化する。いい感じに酔えるし、腹もいっぱいになる。この辺りでサクッと「お会計」と席を立つべきだ。先ほども書いたが回転のよさも大統領の雰囲気づくりに一役買っている。
ふと店の奥を見遣ると相変わらずの待機客の列。ここは先輩民主党党員(大統領ユーザーのことをこう呼ぶ・但し私だけだが)として速やかに席を譲るべきだろう。それが新たな党員の確保につながるのだ。
そうやって、客が一緒になって育てていく居酒屋こそ、いい居酒屋だと私は思う。異論はあるだろうが反論は受け付けない。
ちなみに味についてはいろんな人がいろんなところであれこれ書いておられるのでそちらをご参考ください。
さいごに
大統領は最高だ。大統領バンザイである。
冒頭で、飽きた、といいながら私は、つい3日前の日曜日も大統領で呑んでいた。
大統領とは古女房のようなものかも知れない。
ご愛読ありがとうございました。
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