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ゆく麺くる麺

2023年の末から2024年のはじめにかけて、4杯のラーメンを食した。これはわたしにとってかなり珍しいことである。なぜならラーメンを食べるにはある一定の条件が揃う必要があり、それは年末年始にはなかなか揃いにくい類のものだからだ。

たとえば、天気がいいこと。ひとりであること。そこそこ冷え込んでいること。腹が減っていること。前夜の酒が残っていないこと。

汁が散っても気にならない装いであること。体調がすこぶる好調であること。時間にゆとりがあること。前回のラーメンから最低でも3日はあいていること、などなど。

うるさい爺だなあ、と思うかもしれない。面倒くさいやつだ、と呆れる方もいるだろう。確かに自分でもそう感じるときがある。

だがしかし、このあたりがきちんと整っていないと心から美味しくラーメンをいただくことができないのだ。それでは作っている人にも失礼というものだろう。

と、いうことで年末年始にかけて味わうことになったラーメンをご紹介しよう。

麺屋ひょっとこの和風柚子柳麺

有楽町の交通会館はもしかしたらわたしが最も足繁く通っているスポットかもしれない。あるときはパスポート発行に、あるときはイラストレーターであるテリー佐原さんのグループ展を観に、またあるときは特に用もなく三省堂書店を冷やかしに。気づけば月に一度は足を運んでいる。

そして、日曜日以外で交通会館に行った際、必ずのれんをくぐるのが『麺屋ひょっとこ』である。ここはいつ行っても行列ができている。昼時など蛇がとぐろを巻いているかのように店頭にぐるぐると人が並んでいる。

カウンター7席、厨房は人ひとり入るのがやっと。注文から丼を下げるところまでおやじさん(時間帯によってはお兄さん)がひとりで切り盛りしている。が、しかし回転は悪くない。テンポのよい提供にあわせるかのように客のほうも無駄な動きを一切せず、食後はササッと席を立つ。

最近、渋谷界隈でよく確認される、ラーメンを食べながらユーチューブをヘッドホンで閲覧したりオンラインゲームに興じるようなハンチクな輩はここにはいない。

注文は和風柚子柳麺一択。もはやゼペットじいさんの風情漂うおやじさんが迅速丁寧かつ正確に至高の一杯を仕上げてくれる。

もう食べたい、また食べたい

出汁を楽しむあっさり味のスープは透明で、ゆえに「優しい味わい」と評されることがほとんど。昨今の主流である彩度を限界まであげた味とは正反対に位置するので、好き嫌いはハッキリと分かれるだろう。

平日×昼時というなかなか難しいシチュエーションだが、だからこそ行けるときは行くべきなのである。あと祝日も営業していて狙い目である。

えぞ菊の味噌バターラーメン

毎年12月の冬至を過ぎた頃、早稲田に出かける。目的地は穴八幡宮。一陽来復のお守りをいただくためだ。

いったいいつからそんなに信心深くなったのだ…と若い頃のわたしを知る人はみな口を揃えて言う。それもそのはず、わたしは自分以外をいっさい信じることのない人生をひた走ってきたからだ。

特にヤングの頃はこの世には神も仏も存在せず、頼れるのは己の腕のみ、という信念に則って生きていた。しかし年齢を重ね、それなりに経験を積むうちに、人生とは思うがままにいかないことのほうが多いとわかる。

またいろいろな出来事を体験するにつけ、それらの全てを論理的に説明できないときなどは、不思議と神仏の存在を感じたりするものだ。

そうして、いつしかわたしは宗旨宗派を問わず神社仏閣の類、あるいは霊験あらたかな何かがあると聞くと無条件に信じるようになった。穴八幡宮で頒布される一陽来復御守もそのひとつである。

そうしてお参りを済ませ、御守をいただいたわたしは、ひたすら高田馬場方面に歩く。ずんずん歩いていく。するとゆるやかな坂を登りきる直前のあたりにオレンジ色の看板があらわれる。

『えぞ菊』である。

えぞ菊は古い。創業昭和43年というからわたしと同い年である。よくがんばっているな、ご同輩。という気分になる。

この店に連れてきてくれたのは以前、このようなnoteでも紹介したコピーライターの部下、かっちゃんである。

かっちゃんは早稲田大学に通っていた頃、えぞ菊を愛用していたらしい。ある夜、仕事終わりに酒を飲み(その頃の仕事終わりの酒というのは間違いなく23時以降のことである)飲んだあとのシメのラーメンに、ということでタクシーで連れてこられた。

わたしはこの懐かしい味噌ラーメンを一発で気に入った。そのことをかっちゃんに伝えると、頬を上気させてよろこんだ。

そうして、それ以来早稲田や高田馬場方面に来ると『純連』(現在は閉店)や『俺の空』といった名店には目もくれず、いそいそとえぞ菊を目指したものだった。

見た目ほどくどくない赤味噌。たっぷりのもやし。いかにも味噌ラーメンに合う黄色い中太麺。懐かしい。全てがいきなり懐かしいのだ。

すぐ食べたい、すごく食べたい

ちなみに本当に見た目よりあっさりしているのでバターをトッピングすることを強くおすすめする。こってり味に慣れた現代人の舌にはそれぐらいがちょうどいいのである。

かっちゃん、元気にやっているだろうか。実家のお寺の仕事は上手くいっているのだろうか。

千駄ヶ谷ホープ軒のラーメン

2024年の初麺喰いは『千駄ヶ谷ホープ軒』であった。これは非常に幸せなことだ。素敵なことだ。

ホープ軒といえばいまさら説明不要。昭和35年創業以来、ひたすら背脂を入れたラーメンをつくり続けている。ここ数年では東京オリンピックを見越してさまざまなリニューアルを施していた。

たとえば2階席。座ってホープ軒が食べられるなんて…と最初は狂喜乱舞したがいつしか立って食べないと本当の旨さが味わえないような気がしてきて、2階へどうぞと案内されてもカウンター空くの待ちますと返す嫌な客になってしまった。しかも3階にはテーブル席まであるという。

ホームページもこんな立派に。

実は昨年、あまりの暑さに夏から秋になっても、また冬を迎えてもホープ軒には行かなかった。そんなわけで約1年ぶりの訪問となったのだが、そこであらたなふたつの発見があった。

ひとつは値上げである。確かラーメン一杯850円~900円ぐらいだったと記憶していたが、とうとう1000円の大台にのってしまった。原材料費や光熱費など何もかも値上げしている昨今だから仕方ないといえば仕方ない。

むしろ最近のラーメンはちょっと気が利いた店だと軽く1200円だの1300円するので、よくぞここまで1000円アンダーでがんばってくれたといいたいぐらいだ(そういう意味で二郎は天晴れだ)。

そしてもうひとつ。
券売機のリニューアルである。

ホープ軒といえばあの昭和な感じのプラスチック食券が印象的だったが、時代の流れかインボイス制度の要請か、とうとうタッチパネル式券売機となってしまった。そしてなんと電子マネー専用機というものまであらわれた。

その機械はすぐれもので、発券と同時にオーダーが厨房に自動的に飛ぶ仕組みであった。これによってオーダーミスはゼロになる、はず、なのだがなぜかわたしはただのラーメンを注文したのに卵入りとなって提供された。

「はいおまたせラーメン卵入りね」
「あ、いや卵は頼んでなくて…」
「えっ?卵ふたつだった?」
「いやその、頼んでないです…」
「そんなことはないよだって…あ、ふうん」

といいながら丼を下げて卵だけ菜箸でポイッとどけた。なんやねん全自動オーダーシステム。

まだホープ軒には3年ぐらい早かったんじゃないかな、あのシステム。これからの混乱がないことを祈るものである。

キングオブ立ち喰いラーメン

味?文句なしの旨さですよ。土曜日の朝8時だからスープもマイルドだったね。

ラーメン黄金のスタミナラーメン

新年早々、わたしの愛車(29年落ち)のヘッドライトのバルブが切れてしまった。わたしの愛車は辻堂のイタフラ中古車専門店『ガッティーナ』から譲ってもらったもので、全ての整備および修理そして車検はガッティーナを通して行なうことにしている。

わたしは「部品があり、店があいていれば成人の日にお願いしたい」とダメモトで店主にメッセした。すると部品もあるし月曜日は店をあけるというではないか。

その時点でわたしの腹は決まった。昼飯は『ラーメン黄金 藤沢2号店』のスタミナラーメンだと。

三連休最終日の朝、首都高湾岸線は空いていた。そのまま首都高神奈川1号横羽線を経由して神奈川2号三ツ沢線、さらに横浜新道をひた走る。このシチュエーションのBGMには安部恭弘が最適だ。

修理はあっという間に終わり、店主との雑談をしばらく楽しんだのち、いよいよ本題だ。こうなるとバルブ交換が目的なのかスタミナラーメンが目当てなのかわからなくなる。

わたしは戸塚茅ヶ崎線をひたすら北上し、藤沢橋を超え、遊行寺坂を登る。その先に見える黄色いファザードに赤と黒の筆文字。そう、そこがラーメン黄金である。藤沢2号店とあるがそれ以外に店舗を見たことがない。

わたしは着席するとメニューを見ることもなく「スタミナラーメン」とオーダーする。あまりのスムーズな注文ぶりにアジア系女性店員は「ハ?」と聞き返す。焦るな、ここは紳士的に対応せよ。

「スタミナラーメン、お願いします(ニコッ)」

そうして5分後に提供されたのがこれ、名物スタミナラーメンである。

見るからにスタミナ

実は前回訪問時に少し味が落ちたように感じていた。原因はこんなバカ舌のわたしでもわかる。肉の質が落ちたのだ。以前は柔らかく、脂身の甘い豚バラ肉だった。それが固くて味のない豚コマに変わっていた。

今回はそれが改善されていてくれよ、俺以外のうるさ型爺がスタッフに文句のひとつも述べてそれをきっかけに食材の見直しに取り組んでいてほしい、そんな願いを込めて一口食べてみたが…残念なことに前回同様だった。

見ていただければわかると思うがスタミナラーメンの肝は豚肉とニラとにんにくである。そのうちの主役ともいえる肉がよくない、というのはいかがなものか。

諸般の事情で値上げをなんとか回避しようと苦肉の策なのかもしれない。しかし文字通り苦肉を使ってはだめだろう。客としては値上げしてもいいから元の肉に戻してほしい。そしてはじめて食べたときのあの衝撃と感動をもう一度味わわせてほしいものだ。


と、いうわけでなかなかバラエティ豊かな麺生活を送っているのだが、さて今年は何杯ラーメンと出会えるのだろうか。スタートは悪くないので、これからの展開に期待である。

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