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仕事の向き、不向きを考える

ついせんだって、35年来の知人の娘さんが就活で悩んでいる、ついては直接話を聞いてやってほしい、ということで相談にのりました。

彼女は大学3年生で、映像系のゼミで課題に取り組む日々。で、就職先として希望しているのがやはり映像制作に関する会社であります。第一志望は割と聞き覚えのある大手だったりします。

なんだ、やりたいことや行きたい業界が定まってるならあとは当たって砕けろじゃん、なんてビール飲みながら話を聞いていくと、どうも悩みというのは自分の思いをうまく言語化できないというところにありまして。

なるほどこれはちょっとヒアリングが必要ね、ということで深掘りした次第です。


「プロデューサーになりたいんです」

そっか、そっか。なんで?

「あの、その、それが上手く伝えられなくて…」

なるほど。そこでプロデューサーのお仕事ってどんなのかわかってる?というところからスタート。すると各論としては正しく理解できているんだけど、大きな粒度で「どんなミッションを背負っているのか」がわかっていない様子。

つまりどんな「作業」かはわかっていても、どんな「仕事」かを理解していない。そこでわたしなりにプロデューサーの果たす役割とそのやりがいや厳しさについて説明しました。すると彼女の表情がパァッと明るくなります。

「そ、そうなんです。そういう役割が自分にはあってるなって…」

ほらメモ取りなさいよ、と横で突っつくママ(古い知人のことね)に促されてあわててメモを取る彼女。

次に、では、なぜプロデューサー的な役割が自分にあっているのかを教えてくれる?と問います。するとまたもや思案顔。

うーん、ここのところがわかっていないとミスマッチが起きるかもだし、そもそも採用してもらえないかも。やや先行き不安。

しばらく(かなりしばらく)考えたのち、彼女が出してきた答えは「責任感」と「やりきる」という単語でした。

その答えを聞いて、おお、それはいいな、と思いました。

彼女いわく何かをはじめたら必ずなんらかのゴールにたどり着くまでやめない、途中で終わらせるのは気持ちが悪い。できそうにないことなら最初からやらない、とまで言います。

この気質が行動力の弱さ、積極性のなさと捉えられてしまう可能性はあるにせよ、責任を背負うマインドやエグゼキューション完遂スキルはプロデューサーにとって不可欠な要素なので少し安心しました。

こうなると決して打てば響くタイプではなく、ひとつずつ言葉を選びながら訥々と喋る彼女が、もしかしたら大きく化けるかも、と思えてくるから不思議です。

そうして、古い知人とその娘さんと別れたのち、帰りの地下鉄のなかでふいに自分のことに意識が向かいました。

そういえば俺はなんで採用コミュニケーションの仕事をやってるんだろう。


もともとは雑誌やテレビを賑わせる「商品広告」のコピーライターを目指していました。それはカッコよさそうなのと、なんとなく簡単そう、自分でもできそうだったからです。

だけど知力、学力、能力、才能、教養、学歴、地位、努力、運、資本、コネのすべてが足りずに挫折します。どうやら頑丈な体だけでは広告コピーは書けないらしい。

で、居酒屋の店長に転職したら文字通り天職でした。最高にエキサイティングで最悪にバイオレンスな5年間を過ごすことになります。

そのあと事情があってふたたび広告コピーの仕事に。でもこんどは「求人広告」の分野です。他が拾ってくれなかったということもありましたが、途中からなんとなく意識的に「求人広告、悪くないかも」と思えた。

それから25年。

いまは求人広告よりも広い領域の、採用コミュニケーション全般を手掛けています。新卒採用もあれば中途採用もある。さらにはその上流ともいえるパーパスやミッション、ビジョン、バリューも。採用・定着・活躍を支援する組織活性化のためのクリエイティブと言えるでしょう。

こうして社会に出てからの35年間を振り返ると統一感がないというか、キャリアを自覚的に積んでいったわけではなく、割といきあたりばったりな仕事人生だったなと思わざるを得ません。

ただ、やってきたこと、やっていることの表皮をめくると、おぼろげながら一つの共通項が見えてきました。

それが

「好きな人と好きな人、あるいはモノ・コトをつなぐのが好き」

と、いう性質です。

昔から思い当たるフシがありました。

たとえば東京で出来た彼女に故郷の親友の話を面白おかしくする。帰郷の際にはその親友に東京の彼女の話をこれまた面白おかしくする。

そうすることで彼女と親友は初対面からいきなり打ち解けられる。自分が触媒となってお互いの関係性を意図的に親密なものにしていました。

あるいは美味しいお店やご利益のある神社を見つけると、好きな人を連れていきたくなる。連れていかないまでも紹介したくなる。

もともとそういう性格だったんです。

そしてそれは広告の仕事にも、居酒屋の仕事にも、採用コミュニケーションの仕事にも共通する「本質」だったりする。どの仕事もクライアントのことを好きになり、消費者だったり求職者のことを好きになり、そこで提供される価値のことを好きになることからはじまります。そして触媒となってつなぐ役割を果たす。

そう考えると実は昔からやっていることはあまり変わっていないとわかる。仕事に向き不向きというものがあるのなら、向いていたのかもしれない。これからまったく違う仕事に挑戦しなければならない場合でも、何らかの形で「つなぐ」要素があればなんとかやっていけそうな気がする。

そして、そういう仕事をはやくから見つけたり、紆余曲折ありながらも経験できたことは、いい大学を出ていい会社に就職をしていい生活を送る、といった成功のレールからは落ちこぼれていますが、自分には合っていたんだなと思えるのであります。


願わくば古い知人の娘さんが希望通りの就職ができますように。そして彼女のキャリアが明るく、楽しく、充実したものになりますように。

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