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【Lo-Fi音楽部#004】太陽にPUMP!PUMP!

世の中は2種類の人間でできている。

海の家で働いたことがある人間か、そうでない人間か。

私は前者である。


バブルといわれた時代があった。

大手企業はうなる資金を背景にいろんなものを買ったり、いろんなメセナをしてみたり、とにかく懐がぽっかぽかだった。

ぽっかぽかといえば七瀬なつみである。

私は数年前、東北沢の路上で子どもを連れた七瀬なつみと遭遇した。ネットでググるとバツを二回ほど経験されているそうだ。幸せはまだかい。まだまだだよ。楠瀬誠志郎が高らかに歌い上げる。

とはいえ結婚していればいいというものではないのですでにじゅうぶん幸せなのかもしれない。幸せの定義こそひとそれぞれなのだ。


日経平均株価が終値で3万8,915.87円をつけるという恐ろしく景気のいい時代。大手企業が海の家を見逃すはずはない。

関西を出自とする某大手家電メーカーがある夏、湘南江の島に期間限定の海の家を出店することになった。目的はブランド力向上とマーケットリサーチ。若者の購買傾向などの調査を兼ねたアンテナショップらしい。

私はひょんなことから関わりを持つことになった渋谷のイベント会社から依頼されて、8月のある土日をこの海の家で過ごすことになった。過ごすことになったといえば聞こえはいいが企業側が用意した足軽が急病でリタイア。その穴埋めに派遣される傭兵である。

「ハヤカワお前どこ住んでんだっけ?」
「東十条です」
「どこだそこ」
「東京です」
「お前、朝4時に江ノ島集合な」

物理的に不可能な要求だが傭兵の返事は「わかりました」か「イエッサー」の二択である。

私はクルマを持っている友人に割の良いバイトがあるとそそのかして、なんとか早朝に江ノ島へと到着する手段を確保した。

友人は実家からBMWを持ってきていた。いくらバブルだからといって大学生でBMWに乗っているのはヤツぐらいなものだろう、とタカをくくっていたらなんと彼の学校にはプジョーやシトロエン、アルファロメオのオーナーがごろごろいた。

いつか奴らの足元にビッグマネー、叩きつけてやる、と私が天に誓ったのはいうまでもない。

あれから35年。その声はまだ天に届いていない。残念である。


片瀬江ノ島へ向かう朝3時の車内は異様にテンションが高い。友人がこの日のためにつくったというオリジナルカセットテープの選曲からして少しおかしい。ほんのさわりを紹介したい。

BrosWhen Will I Be Famous?
当時かなり人気が高かったBros。このあとどうしたのかとウィキ先生に訊ねてみたところ、なかなかいろいろあったようで。人生いろいろ。

森高千里 『GOOD-BYE SEASON』
アルバム『ミーハー』の帯コピーは「ロック?ポップス?どっちでもいいや」だったがこのカセットの選曲こそコピー通りではないかと思った。

Bronski Beat 『Hit That Perfect Beat』
ブロンスキビートの音は夏の夜にピッタリだった。しかしブロンスキビートをチョイスするとはいったいぜんたいどぉなっちゃってんだよ。

中村あゆみ 『Drive All Night』
ディスコビートの洋楽と女性ボーカルの邦楽が繰り返されるというコンセプトの甘いセレクトだがあえて共通項を探すなら「疾走感」だろう。

♪ ♪ ♪

アクセル全開、道路もガラ空きで、西浜の駐車場に着いたのは4時前だ。ちょっとばかり早すぎたが特にやることもない。海の家のまわりを散策しよう、と提案されてダルかったが却下する理由がなかった。

さすが日本を代表する家電メーカー。海の家とはいえ造りがしっかりしている。白木で組まれたログハウス調の小屋。長く伸びたウッドデッキ。キッチンも広く、エアコンも完備されている。

「住める」

私は瞬間的に確信した。当時住んでいたアパートよりぜんぜん豪華だし、なにより広い。ハウスの脇にはDJブースがあり、さらに少し間隔をあけて大きなステージまで設営されている。

確かその日はあまりメジャーではないアイドルがちょっとしたショーを行なう予定で、このメーカーの製品を購入すると閲覧チケットがもらえる仕組みらしかった。当然ながら会場警備も私の仕事である。


波打ち際で寄ってくる大量のボラを眺めて「なんか新幹線みたいだな」と思ったり、海の家のまわりのゴミを拾い集めたり、ラリってひっくり返っている地元のゾッキーを片付けたりしているうちにすっかり夜が明けた。

ふと時計をみると6時近い。あれ?4時に集合じゃなかったっけ。

「おーい!」

向こうからイベント会社の社員たちがぞろぞろやってきた。ディレクターとアシスタントディレクター、そしてDJである。

「おはようございます!」
「お前らなにやってんのこんな早くから」
「あ、いえ、朝4時集合っていわれたから」
「なにお前まじめかよ!」
「ほんとに4時に来てたの?」
「いえ、4時前に着いちゃって」

みんな大口をあけて大爆笑。口々に「まじめか」「お前うちの大将が死ねといったら死ぬのか」「4時前に来てなにやってたんだよ」「ボラと遊んでた?」「チンピラいじめてた?」すっかり笑いのネタである。

これにはさすがに傭兵とはいえ、少しムッとしてしまった。感情が顔に出たままオープンに向けての準備を手伝っているとDJのトクさんが笑顔で近づいてきた。

「まあまあ、そういつまでもムクレてないでサ。今日ほら、めっちゃいい天気だし、めっちゃ暑くなりそうだから、これでも呑んで」

と、キンキンに冷えたコーラをくれた。そしてトクさんがDJブースからかけてくれたその日の一曲目がこちら。

1986年にリリースされたEPOの『太陽にPUMP!PUMP!』です。この曲はコカコーラのCMにも使われたのでサビの部分を聴いたことある、という方も多いのではないでしょうか。

バブル期ならではの鮮やかなかつ爽やかな映像。あの頃はブラウン管の中にほしいものがすべてあったような気がします。決して浜田省吾だけの問題ではなかったと言えるのではないでしょうか。

この『太陽にPUMP!PUMP!』はEPOの通算7枚目のアルバム『PUMP!PUMP!』からシングルカットされたナンバー。元気ハツラツなデビュー初期のトーンを踏襲するキャッチーな名曲です。

アレンジは名匠、清水信之さん。ぼくは中学生の頃からアルバムを買うときはクレジットを細かくチェックする習慣があり、主にアレンジャーやプロデューサーで買う買わないを判断していました。なかでも坂本龍一さんと清水信之さんはその名前を見つけたらマストバイ、というルールを作っていたほど。それぐらい好きな編曲家です。

あと、まったく関係ない話かもしれませんが、ぼくは以前、世田谷区の赤堤という町に暮らしていました。京王線なら下高井戸、世田谷線なら松原という小さな駅が最寄りの静かな土地です。

この赤堤にほど近い場所にあるのが東京都立松原高等学校。校名を聞いて「おお」と思った方は邦楽フリークではないでしょうか。

というのもこの松原高等学校、EPOをはじめ渡辺美里さん、ギタリストの佐橋佳幸さん、そして清水信之さんを輩出したJ-POP常連校。他にもナンシー・チェニーとともに『探偵物語』のマスコット役で人気を博した竹田かほりさん、漫画家の岡崎京子さんも卒業生というよくわからないけどすごい学校です。

ぼくはいつもこの学校の横を通り過ぎるとき、すばらしい才能をたくさん世の中に出してくださりありがとうございました、と心の中で合掌拝礼します。そしていま、こうしている時もこの学校の中では新たな才能が芽吹いているかもしれない、と思うとワクワクするのであります。


単純な性格で損をすることもあれば、得をすることもある。

私はコーラと『太陽にPUMP!PUMP!』のおかげですっかり機嫌を良くし、誰よりもよく動いた。テーブルを並べ、箒をかけ、特設ステージの周囲にロープを張り、接客をし、イベント時のチケットもぎりおよび警備にあたり、夕陽が沈むまで駆けずり回った。

トニーローマのたいまつに火が灯る頃、ディレクターが労をねぎらってくれた。そしてそっとアロエジェルを渡してくれた。アロエに関する知識が一切なかったので最初(これはなんだろう)と思っていたが翌日、その意味が痛いほどわかった。

そして驚くべき事実がもうひとつあるのだが、この日のバイト代は35年を経過したいまだに支払われていない。しかしバイト代には換算できないほど充実した一日であったこともまた、紛れのない事実なのである。

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