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うまいこと言う仕事

おそらく昭和から平成にかけてのコピーライターにとって、駆け出しの頃より骨身に染みるほど教え込まれてきた不文律があります。

それは「コピーは誰に何を言うかが大切である」です。

この言葉には続きがありまして。にも関わらず若いコピーライターはみな「いかに言うか」にばかり意識が行ってしまう、というものです。

要は表現に溺れるな、言葉遊びなんかに耽るな、ということ。

広告経済原理主義の人たちからすると(コピーライターっていう仕事はお前たちが考えるような薄っぺらい仕事じゃあねえんだ)とでも言いたいのでしょうか。

昭和の後半から平成の前半ぐらいまで世に蔓延していた軽チャーブームの一翼を担っていたのが広告人、とりわけコピーライターだったことへの警鐘だったのかもしれません。

もちろん僕など軽佻浮薄がMr.JUNKOのポロシャツ着てフローズンダイキリ飲んでるようなものですから、それはもう最初の上司から最後のボスまで全員から耳にタコができるほど聞かされ続けてきたわけです。

この、もはや信仰にも近い価値観は強力な言霊となって当時のヤングコピーライターたちを支配し、根が単純な僕らは神聖なコピーをにっくき外敵“言葉遊び”から守るんだ、というねじれた正義感すら抱くようになっていました。

の、割に。

結構世の中に広く流通する広告コピーには、なぜか言葉遊びっぽいものが少なくない。

あえてどれがと言及するつもりはないのですが、エッ?こんな表現で業界の賞が獲れたりするの?と首を傾げることも少なくありませんでした。

もちろん僕だってこの世界に足を踏み入れたきっかけは「あ、これなら俺でもできそう」だったからです。

いまでも覚えているのは「さ、ツーサム。」というダイハツ・シャレードのコピー。あと「社交性動物。ミラージュ変新。」という三菱ミラージュザイビクスのコピー(車ばかりですね)。

オンワード樫山の「万有引力。」なんかもそう。なんとなく書けそうじゃないですか。なんでもない単語でも最後に句点をつければコピーらしくなるといいますか。

ところが現場に入るとコンセプトコンセプトコンセプト。朝から晩までコンセプトのチェックでとてもコピーまでたどり着けません。

だからつい、愚痴ってしまうんですよね。あんなコピーで賞が穫れるんだから俺にも早く書くチャンスを、って。ギブミーベイベって感じ。

そんな僕に事務所のボスは

「お前それは◯◯さんだから許されるんだよ、◯◯さんが書くからいいんだ、しかもお前なんかが思い至らない深~いロジックがそこにはあるんだよ、お前さんみたいな半チク野郎が安直に言葉遊びに走るもんじゃあないよ、ほら修行修行」

と、まるで落語のお師匠が前座見習いに言ってきかすような口調でこの世の理を諭しにきます。

あまり頭の構造のよくない僕は、ふうんそうか、まあそんなもんなんだろうな、と安直に納得して、大して面白くもない言葉をああでもない、こうでもない、といじくり回しては全ボツからの徹夜という日々を繰り返していました。


それからかなりの時が流れて。

コピーライターの事務所から夜逃げして、居酒屋の店長を経て、30歳から狭い分野でふたたびコピーライターの職を得て、そこで15年ほど過ごしてから50歳での独立を目指して小さなベンチャーに転職した僕。

ある日、会社で購入している『ブレーン』をパラパラめくっていると、びっくりするようなフレーズが飛び込んできました。

「うまいこと言え。」

ん?これまでの先達の教えの正反対ではないか。誰だ、こんな不埒なことを言うのは。いかん、いますぐこの不届き者を業界から追放せねば…と活字を追うと、なんと、そこには尊敬してやまないコピーライターの名前が。

「岩崎俊一」

う、うそだ…あの岩崎さんが、よりによって岩崎さんが、うまいこと言えだなんて…俺の30年間はいったいなんだったんだ(特にたいしたものではありません)。

そこには日本を代表するコピースター、岩崎俊一さんによるコピーの極意が書かれていました。詳しくはクリック先を読んでいただくとして。

要するにコピーライターの仕事はコンセプト作りと言葉探しに分けられて、岩崎さんは後者にこそ真髄があるという。どんなに重要なことを語っていたとしても、ものは言いようである。言い方が悪ければ伝わるものも伝わらないというのです。

僕はそのとき、目から鱗が落ちるとともに、ふとある考えに思い至った。

そうだよな。当たり前のことを当たり前に書いても、当たり前でしかないよな。当たり前のことをいかに伝わるように書くか、が俺らの仕事じゃないのか。いや、いかに伝わるようにと難しく考えるのもおかしいのかも。いかに自分が楽しくなれるか、という基準でいいんじゃないか。肩の力が抜けたところで、上手いこと言うなあ、みたいな評価を狙うのもアリかも。

こんなふうに考えられるようになったのも、それまでの経験があってこそ。そしてもう上司も先輩もおらず、自分のコピーチェックをする者が誰もいない環境だったからでしょう。

それから僕が提案するフレーズのいくつかの中に、ひとつ、ふたつと「うまいこと言おう」とする案が入るようになっていきます。最初は鼻で笑われることも多かったのですが、しばらくすると相手に刺さることもチラホラでてきました。

そのうち比較的裏側のロジックをカッチリ固めた上であえて狙った表現やアプローチを試みると、正攻法で作ったものよりも評価いただけるように。いまでは表現を工夫したフレーズはかなりの確率で採用されています。

どうせ、同じことを言うなら、少しひねったものを。誰かが言ってそうで、でも意外と言ってない言葉を。

これはクライアントへのサービスでもある、と思えるようにもなりました。だって、誰が書いても一緒のフレーズなら俺じゃなくてもいいもん。

へえ、こんな言い方があるんだ、とか。
これは思いつかなかったな、とか。
面白いですねこれ、とか。
そういうクライアントのリアクションがうれしくて、愉しくて。

と、そういうことを思ったり書いたりすると、それは仕事の本質ではないでしょ、とツッコむもう一人の自分がいるにはいるんですけど、だけど仕事なんてそういう些末なうれしさの積み重ねで幸せになれるならそのほうがいいじゃん、とツッコミ返しています。

そうして、うまいこと言えたなぁ、という感覚の残るフレーズが採用されると、思いのほかクライアントの現場で実際に機能します(僕の仕事の多くはインナーブランディングです)。

うれしいものです、クライアントの会長が社員総会の場で全社員に向けて僕が書いたミッションを朗読してくださるのを聴くのは。現場の社員からマネジメントで使ったら上手くいったなんて感想をいただけるのは。人事から明らかに応募者の層が変わったと喜ばれるのは。

ただしこれからコピーライターになるという若い人がいたとしたら、やはりこう言うでしょう。

「コピーは誰に何を言うかが何より大事だぞ」

なぜなら、僕が仕事ができるようになるまでを振り返ると、そこにはしっかりと長い時間を「準備」にかけてきた実感があるから。

いま僕が書くミッションやビジョン、バリュー、Do/Don'tの言葉の裏側には、そこに至るまでのさまざまな紆余曲折、経験や喜びや悲しみが「準備」として詰まっているのです。

そしてその「準備」のために結構遠回りもしたけれど、決して無駄ではありませんでした。「準備」がなければここまでこれなかったから。

だから駆け出しの人にはやはり、誰に何を言うかをまずしっかり身につけようぜ、言葉遊びはそれからでも楽しめるからと伝えるでしょう。


つい先日、ひろのぶと株式会社から出版された古舘伊知郎さんの『伝えるための準備学』という本には、きっと、そういうことが書いてあるんじゃないかと期待しています。

まだページを開いていない(ごめんなさい)のですが、おそらくこういうことが書いてあるはずでしょう。もし書いてなかったら無理やりそういうことだと脳内変換して読もうと思っています。

読み終えたらまた感想文を書きたいと思います。そのとき僕が見当はずれもいいところで真っ赤な(あるいは真っ青な)顔で文章を書いていたら笑ってやってください。

ちなみにマイベスト古舘節は『“顔面バッキンガム宮殿”ゲルハルト・ベルガー』です。F1を見ていてあんなに笑ったことは生涯ただ一度もない。

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