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2024年の文月を振り返る

7月は和風月名で文月。曲がりなりにも文章を書いて碌を食んでいる身としては背筋が伸びるような気がします。

この文月、意味や由来を調べてみると…

古くは、書物のことを“文”といいました。7月7日の七夕の夜に、書物を開いて夜気にさらし、書の上達を祈る風習があったことから、文披月と呼ぶようになったということです。

ウェザーニュース 2024/07/01 04:59 より引用

なるほどなかなか風流な習わしがあったものですね。そんなことで文章が上達するなら7月7日に限らず毎晩でもコピー年鑑を開いて夜気にさらしちゃいますけどね。

しかしそんな典雅な気分にはとてもなれないほどの酷暑が続いています。タフで有名な僕も先月末から今月前半までなんとなく不調でした。ではそんな7月を振り返ってみましょう。

ミーハー広告中年、よろこぶ

みなさんは一倉宏というコピーライター界の巨匠をご存知だろうか。

名前は知らなくてもこれらのコピーは「見たことある」「聞いたことある」のではないかな。

うまいんだな、これがっ。

きれいなおねえさんは、好きですか。

いい空は、青い。

あなたと、コンビに

いずれも一度、耳にしたり目にしたら忘れられない名コピーばかり。すべて一倉さんの作品です。

一倉さんは40年以上にわたって第一線で活躍されている大物中の大物。僕も駆け出しの頃からその仕事を北極星のごとく仰ぎ見てきました。

殿堂入りおめでとうございます

そんな一倉さんですが、この度コピーライターの団体が運営する『コピーの殿堂』に入堂?登録?なんて言うのでしょうかわかりませんが、とにかく殿堂入りされたようで、それを記念した展覧会が開催されたんですね。

そんな会をみすみす見逃すわけはない。そそくさとトークイベント企画に馳せ参じました。

それは夏の夕、青山にて

僕が参加したのは4回あるイベントのうち、3回目。一倉さんに加えてグラフィックデザイン界のこれまたレジェンドである葛西薫さん、そしてサン・アドはもちろん仲畑広告制作所でも一倉さんと長らくデスクを並べていた副田高行さんが出演される回でした。

この御三方から繰り広げられる広告裏話の数々がもう面白くて面白くて、何度も爆笑してしまいました。会場にはこちらも重鎮コピーライターの安藤隆さんもいて、ミーハー広告中年(僕のことですね)はサン・アドディズニーランドにいる気分でした。

このイベントで笑った話を抜粋すると…

◉みんな副田さんを「フクダ」と誤読していた
◉あの葛西さんでもムカッとすることはある
◉仲畑貴志さんは天才だが実はすごい努力家
◉同世代だからか3人とも村上春樹が大好き
◉大文豪・開高健の読みも外れることはある

思い出してもニヤニヤしてしまうほど面白いエピソードのオンパレード。まるで会場が人形町のバーのような親密な空気に包まれて、笑いあり、頷きありの1時間半でした。

左から副田さん、一倉さん、葛西さん

会場の外から聞こえてくるひぐらしの鳴き声がなんとも夏の夕方らしいというか。ここが南青山であることはもちろん、自分がもう55歳だということさえ忘れさせてくれます。

ああ、ずっと辺境とはいえども広告クリエイティブの世界に身を寄せてきてよかった。ミーハー広告中年でよかったと思いました。いつもこの手のイベントではどこか居場所がない感覚に襲われるのですが、ここは珍しく落ち着いて過ごすことができた。

トークセッション終了後に、最前列であまりに笑っていたからか、副田さんが僕の肩を叩いて「どうだった?あんな話でよかった?」と笑顔で声をかけてくれて、もちろん気の利いた返しなどできず、38年前の広告小僧の笑顔のまま頷くのがやっとでした。

ミーハーって、推しがいる人って、こういう気分を味わっているんですね。自分の中に(本来の意味での)アイドルを持つことは悪くないなあ。またひとつ共感ポケットが増えました。

一倉さん、葛西さん、副田さん、さらに安藤さん、これからもお元気で。昔話が大好きな50代、60代はたくさんいると思いますので、またどこかでご開陳してください。

<だそく>
会場で御三方がノンアルビールをうまそうに飲んでいたときの「うまいんだな、これがっ」グラス、購入しました。ミーハーですから。一倉さんいわく「メーカー名など入っていないのでモルツ以外でもうまくなります」とのこと。さすが名コピーライター。

モルツ以外でも

<さらにだそく>
一倉さんをはじめ葛西さん、副田さん、さらに安藤さんも。一流の広告人は思ったよりも小柄でした。僕も小さいほうなので大いに勇気づけられましたね。それからすると糸井重里さんは業界内でかなり大柄ということになる。一度、根津美術館の前ですれ違ったのですが、車の中から拝見しても大きかったです。さすが大学では相撲部だっただけのことはあります(音版ビックリハウスライナーノーツより)。

散歩のときウヰスキーが呑みたくなつて

ある暑い日、ちょっとした所要で町中を歩いていたとき、ふっと頭の中をかすめるものがあった。

「ウヰスキーが呑みたい。それもハイボール」

もちろん、だからといって近くにあるプロントに飛び込んで、角ハイボールをゴクゴク飲るわけにはいかない。

なんたってちょっとした所要とはクライアント先で来期の採用計画に基づいたコミュニケーションプランを打ち合わせする、というものだから。

いくら僕でも酒臭い息で「コンセプトがー」とか「26新卒学生とのタッチポイントはー」と叫ぶわけにはいかない。何がいくら僕でもなのかわからないが。

そこで、グッとがまんするわけですね。

そうするとふだんめったに動かない脳がやたら活発になり、過去の記憶を総動員してウヰスキーの味や香り、舌ざわりを再生してくるのであった。

残念ながら僕はウヰスキーのボキャブラリーをそんなに豊富に持っていない。せいぜい10銘柄といったところだ。

それでもマッカラン、イチローズモルト、バランタイン、カティサーク、ホワイトホース、メーカーズマーク、バッファロートレース、ジムビーム、ボウモアあたりがグルグルと回りだす。

(ここまで書いて、ああ、シーバスリーガルもいいな、グレンリベットのことも忘れてた、そうだジョニ黒は…と夢は枯野を駆け回る)

ふだんなら西のメーカーズマーク、東のマッカランといったところで決まるのだが、アスファルトが溶けそうなぐらい暑いと、ちょっと際のキワを攻めたくなってくる。

ラフロイグだな。

クライアントの会議室で汗を拭いている頃には頭の中はラフロイグのあの薬品のようなヨードの香り、スモーキーな味わいで満たされる。

ここはやはりラフロイグで決まりだ。それもあえてセレクトをチョイスして、強めの炭酸にミントを浮かべた“砂糖抜きミント・ジュレップ”で。ミント・ジュレップはバーボンだろ、という意見にはそれもそうだと頷けるけど、そもそも砂糖を抜いてる時点でミント・ジュレップではないのでいいんじゃないかな。

僕はさまざまな意見が飛び交う会議室でひとり、これが終わったら直帰しよう。近所のイオンでラフロイグと強炭酸とミントを買って、まだ陽が高いうちに飲もう、というようなことを心の中で固く誓っていた。

その日の僕はまったく打ち合わせのヒーローになれなかった。

ラフロイグは裏切らない。脳内で再生された通りの強めの薬品臭、スモーキーな舌触り、甘く濃厚な後味。ラフロイグは裏切らない。

好きです、ラフロイグ

だけど、マッカランも裏切らないしカティサークだって裏切らない。そんなことをいうとシーバスリーガルだって白州だって、ウヰスキーはいつだって信じるに値する飲み物だ。

そんなことを書いていたらまたウヰスキーが呑みたくなってきた。ふと、将来はウヰスキーのことを書いた文章で稼いだお金でウヰスキーが飲めるような生活が送れたらいいなあ、と思った。

しかしお金がもらえるほどの知識も見識も経験も蘊蓄もないので、無理だなと思い返した。

おそらく換金できるほどの投資をした酒はビールだ。しかしビールについて書いてお金になりそうなことはない。そういうのは椎名誠さんがあらかたやりつくしている。日本酒は太田和彦さんだし、ワインは徳丸編集長に任せるべきだし。

文章にして様になるとか、換金する価値がありそうなのはなんといってもウヰスキーだろう。

やっぱりウヰスキーは偉いな、と思った。


いつも小ネタを3つ、4つ繰り広げて構成するのが月の振り返りのスタイルと決めていたのですが、今月は思いのほか筆が滑ってしまったのでこれでおしまいにします。

それにしても7月。俺はここまでミーハー広告中年だったか、となんだか自分の新しい側面が発見できたような、ほくほくとした気分を味わっています。

8月もすてきな出会いがありますように。
もちろん、みなさんにも。

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