見出し画像

【詩】ふたたびの初恋

ふたたびの初恋

ふたたびの初恋


たとえば それは
摘み取るまえの夜明けの菫

たとえば それは
告げずにおわった初恋

たとえば それは
忘れることを知った花橘の香

たとえば それは
僕らの夏空に
気高く聳えていた共産党宣言

たとえば それは
その崇拝者であった君の
バラ色の歯ぐき

朝日が君を射止め
君がぼくを射抜いた自治会館で
確かにぼくは清らかな肉欲を
君に感じていた

そして いま 
夢を捨てたぼくらはもう
定時には起きない
君は君として 
可憐な寝息をたて
すっかり消えてしまった肉欲の名残りが
君の菫色の臍にかすかにとどまるだけだ

そしてまた ぼくはぼくとして
バッハのチェロのプレリュードのように
過ぎた時間をおとなしくむかえいれようとしている

シンクに放置された食べ残しのメロンが
虚無を奏で
窓辺の秋の陽が
ぼくの孤独を見つめる

ぼくは
焼きすぎたトーストに塗るための
バターを冷蔵庫から出し
遅い朝食という 君との
ふたたびの初恋の準備に
とりかかる


●《3連目》・・・花橘の香
 「五月まつ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする」の本歌取り。
 もはや過去の人。忘れて生きることを知った苦い記憶。
 高校の時だったかなぁ。
●《4連目》・・・共産党宣言
 マルクスとエンゲルスの共著。1848年刊行。
  支配階級をして共産主義革命の前に戦慄せしめよ! プロレタリアはこ
  の革命において鉄鎖の他に失う何物もない。彼らの得る物は全世界で
  ある。万国の労働者よ、団結せよ。
 大学1年の夏だった。マルクスは難しくてぼくの頭では無理だったけど、このスローガンはぼくを感電させ、一年ほど後遺症が残った。
●《7連目》・・・菫色の臍
 佐藤春夫に「影ふかくすみれ色なるおへそかな」という句があります。
 ぼくの愛覧サイト「増殖する俳句」によれば、ミロのビーナスのおへそ
 とのこと。 
●《8連目》・・・バッハのチェロのプレリュード
 J.S.バッハの無伴奏チェロ組曲 第1番プレリュード
 まあ、聴いてみてください。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?