夜空をおよぐ

 暗闇に包まれた夜空は、海の深いところに似ています。

 夜に広がる藍色の天井。その正体が人に気づかれぬよう移動してきた海だとすれば、黄色い光はきっと満月でなく、海月の微笑む姿なのでしょう。

 輝くヒトデは意気揚々と一層美しい光を放ちます。
 誰にも知られまいとして藍に染められた海洋生物、彼らはヒトデを羨むかもしれませんし、ヒトデを後目に毅然とした態度のまま泳ぎ続けるかもしれません。

 ぽとりぽとりと零れた海の滴は静かに時雨を奏でます。それは涙と同じだけの塩分を含む、何より綺麗な雨です。


 海がいた場所には藍色の空が広がっていて、海の代わりに水面(みなも)を揺らし、見事に化けることでしょう。

 海となった空の底、その奥深くへ月と星が沈めば、その晩は朧月夜になると思われます。月と星の呼吸で作られた泡沫に遮られ、海底の月は朧げにみえるのです。
 もちろん、それは秘密の朧月。人々はみな大きな海月を本物の月であると思っていますから。
 鎌倉の海、稀に青く光るのは夜光虫でなく昼の顔をうっすらと覗かせた空の仕業であるかもしれません。


 いつか、夜空を泳ぐ夢を見る。そんなような気がしています。空を飛ぶより幻想的で、海を泳ぐより開放的で。

 夜空が本当に海だなんて現実にはあり得ない、心が楽しい方向へ疼く今日みたいな深夜に思い浮かぶ沢山の中の一つの妄想。
 そうだとしても、あの空を泳ぎ、あの海を飛ぶように、暗闇を切り裂きながら夜空を泳いでみたいのです。

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