ショートショート 消えた記憶

*はじめに
このショートショートはフィクションです。

僕は、ふと、気になった。

誰しも、少年期や青年期には、
好きな人がいるものだ。

小学時代や、中学時代、高校時代、
ぞれぞれに。

もちろん、恋人がいたとかだったら、
忘れるはずはないけれど、
僕の場合は、全てが片思い。

笑われるだろうけど、
僕は学生時代に手をつないだといえば、
フォークダンスくらいなものだ。

そんな初心うぶな僕だって、
好きな人はもちろんいた。

学校なんて、好きな人がいなければ、
楽しいはずがない。

小学校時代。うん、確かあの子だった。

高校時代。あの子しか覚えていない。

あれ?中学校は?

そう。覚えていないんだ。
そんなことってあるか?

中学校時代に好きな子がいないなんて、
ありえない。

片思いで、いいんだから。

一年生。
そうそう、僕はバスケット部だった。
厳しい先輩の顔まで思い出す。よく怒られた。
僕は真面目だったから、勉強の成績も
そこそこで、部活もまあまあ頑張った。
あれ?
当時の友達の顔は浮かぶけど、
好きな子の顔は浮かばない。なぜだろう。

二年生。
学校生活も少しは慣れた。
部活はうるさい三年生がいなくなり、
二年生が三年生になってからは、
少し窮屈でなくなった。
試合にも出させてもらい、勉強もそこそこで、
なんとなく友達もいた。だけど、好きな子
の顔は、相変わらず浮かばない。
好きな子がいなかったはずはない。

三年生。
僕は部活を辞めてしまっていて、
毎日ダラけていた。
辞めたのは、二年生の終わりころに
嫌いな奴が部に入ってきたから。
そいつは、運動神経が抜群で、
ケンカも強くて、横柄で、
親分気取りの奴だった。僕は大嫌いだ。
だからそいつが部に入ったとき、
僕は部を辞めた。
その頃から、毎日のように学校に遅刻
していた。
職員室の前に座らせられ、
学校から親が呼び出され、
それでも僕は平気だった。

体育祭、修学旅行、卒業式、色々あった
はずなのに、
好きな子の顔が、思い浮かばない。

いや、一人いた。

たぶん、あの子。

その子は僕が小学生のときに転校してきた。
小学校の時に好きだった子。

とても目鼻立ちのきれいな子で大人しくて、
僕の憧れの子だった。

確か、5年生のとき、急に転校することに
なり、僕は一言も話をすることなく、
憧れだけで、いなくなった子だった。

でも、それで終わりではなかった。

中学校1年生になったとき、
その子が僕の中学に入学してきたのだ。

何があったか知らないけれど、
苗字が変わっていた。そして、グレていた。
言葉遣いは荒く、攻撃的な目。
もう、僕はひいていた。

その子がなぜか、
僕と同じバスケ部に入っていた。

そこまでしか覚えていない。
それ以上は記憶にない。

でも、僕がバスケ部を辞めた時期と、
その子が、確か、
関西に引っ越した時期は、同じくらい
だと思うんだ。

切れ切れに、
何か会話した記憶もある気がして、
思い出せないのが、もどかしい。

その空白の記憶の中に、
僕は記憶を埋めてみる。

放課後に、僕はあの子に叱られる。

「おい、部活いくぞ!」

「わかった、待ってよ。」

「相変わらず、トロいなあ。」

僕にはこの距離感で十分だった。
知りすぎない、触れ過ぎない、
フワフワな距離感。

答えなんて、知りたくない。
回答なんて、求めない。
僕はずっと、このままでいい。

いつもそばにいるのに、
本当はそばにはいない。

いつも姿を見てるのに、
本当は見えてない。

でも、それでいい。
それがいい。

僕は何も変えたくない。

また、いなくなったら
もう僕は耐えられない。

だから、
そっとしてほしい。

僕はずっと、
このままでいたい。

ずっと。

僕は不思議だった。

小学校の頃の僕は、勉強が大嫌いで、
全然勉強なんてしなかった。
中学に入ると、
急に勉強する子になっていた。

ひ弱な僕は、
バスケット部なんて入るような子じゃ
なかったのに、どうして僕は入ったのか。

何かを始める動機なんていくらでもある
けれど、一番単純な動機は、

好きなあの子に振り向いてほしい

だと思う。もちろん僕は単純だった。

僕はあの子にまた出会えて、きっと、
嬉しかったに違いない。

そして変わってしまったあの子に
何があったかは聞けなくても、

あの子に振り向いて欲しいと思った
かもしれない。

だから僕は頑張ったのかもしれない。

そして僕は、
あの子がまた、いなくなった日に、

全ての記憶を消したのかもしれない。

それは僕だけのものだから。

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