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ショートショート 奥深い森の中で

*はじめに
このショートショートは全てフィクションです。

僕の毎日は日々の繰り返しだ。
同じ毎日をただ同じように繰り返す。

その繰り返しの中で
身体の深底に蓄積されるのを感じる。

僕の中に得体のしれぬ何かが、
少しずつ溜まってゆく。

その蓄積されたものが、
少しずつ僕を蝕む。

僕は侵食されてゆき、
自分自身を見失う。

それでも街は人で溢れて
誰も僕には気づかない。

夜、ひとり公園に座っていると、
街灯が灯る場所近くは
明るく照らし出され、

それ以外の場所は
木々を覆う葉に光が吸われ、
暗い闇に覆われていた。

昼の光から追い出された僕は、
次第に暗闇に取り込まれた。

僕は深い森の中を彷徨っている。

まだ昼間のはずなのだが、
森が深いせいか薄暗く、

靄のようなものが、
行く手をあいまいにする。

とても大きな杉の木が
僕の目の前に現れる。

見上げても梢は見えず、
湿った靄が覆っている。

どうして僕はこんなところを
歩いているのか。

さっきまで部屋で
寝ていたというのに。

こんな深い森の中で、
方向も分からず歩き回ったところで
どうにもならない。

けれどもじっともしていられない。

さっきまで頭の真上にあった太陽が
もうあんなに傾いている。
ここは時間の流れ方も違うらしい。

太陽の傾きと共に、
僕の中に眠っていた恐怖が
頭をもたげる。

そしてその大きな手で、
僕の心臓をわしづかみにする。

深い森の夜。

その底が見えないほどの
深い夜に
僕は呑まれようとしていた。

なぜこんなことになったのか。

冷静になれない俺の頭は
グルグルと同じことばかり考える。

やがて恐ろしいくらいに
美しい夕日と共に、

空は青から紫へと染まり、
広がってゆき、

日が落ちるのを合図に、
暗い闇が僕の周りを満たし出す。

目を開けていても何も見えない。
自分の手すらも見えない闇。

僕はその場にしゃがみ込み、
目を瞑って
これが夢であることを祈る。

ゆっくりと目を開けても、
目を瞑っているかのように
目には何も映らない。

ただ漆黒の闇が、
僕の周りに溢れている。

僕はこの無限の闇の世界に
たった一人取り残された。

周りに溢れていた日常は
すべてが幻だった。

この世界は僕がすべてだった。

この宇宙には僕しかなかった。

暗闇の中、
仰向けになって
真っ暗な空を見上げていた。

何もない暗闇は
奥行きがまるでない。

混乱が落ち着いてくると、
静寂だけが広がり、

始まりも終わりもしれない、
闇だけがあった。

永遠とも呼べる一瞬が過ぎた後、
空から光る糸のようなものが
下りてくるのが見えた。

弱弱しいその糸は、
蜘蛛の糸のようだ。

その在るか無きかも
しれない糸に、
僕は必死でしがみつき、

切れてしまいそうな糸に
身をゆだねて、
するすると空へ上って行った。

僕の身体は魂のように軽くて、
蜘蛛の糸を上るのにも
何の不都合もない。

上れば上るほどに、
僕はある人を思い出していた。

その人は、
遠くから僕を見つめてくれて、
僕のことを照らしてくれて、
僕のことを癒してくれた。

僕はその人すら、
忘れてしまった。

蜘蛛の糸だと思っていた光は、

僕に差し伸べられた、
あの人の左手だった。

僕はこの手を
掴んでよいものか、

離したものか、
迷っていた。

離せば真っ逆さまに
深淵の闇へと落ちてゆく。

それが分かっていて、
まだ迷っていた。

いつも僕の手をすり抜ける
砂のかけら。

もう二度と集めることが
できないと、

もう二度と触れ合うことも
できないと、

遠い地平線の先まで
ひとり歩く道が続くと、

道の向こう側を見ないように
歩いていた。

光とは、

その見えざる手を
僕へ導くこと。

導かれたその手を
二度と離さぬこと。

掴んだその手を
信じぬくこと。

僕は、
差し出されたその手に
値するのか、

まだ迷っていた。

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