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【掌編】視力

見えている世界が他の人と違う。
純粋に視力が悪いだけなのだけれども、たったそれだけのことで世界の見え方は変わってくる。
初めてメガネを作ってもらった時のことは今でも鮮明に思い出せるほど衝撃的な出来事だった。確かに前の席に座らないと黒板は見えなかったけれど、地面の見え方さえ違っていたのには驚くしかなかった。ただの灰色の砂利道は、細かな石の集合体なのだと視覚情報として認識したのはその時が初めてだった。
メガネを外すと世界が変わる。それは私だけの特権、なんて優越感も覚えていた。
中学に上がって部活に入り、メガネが不便だと訴えてコンタクトレンズを買ってもらったときはフレーム越しではない鮮明な世界を初めてみたような錯覚を覚えた。メガネでも十分に世界は見えていたのに、フレームがあることで境界線ができていたことにそこで初めて気づいた。目が悪くない人たちを羨ましく思い始めた。ここにきてようやく。

10年以上も前の記憶なのにこれだけ詳細を覚えているのはそれだけ印象深いことだった証拠だろう。なんでふと思い浮かんだのかもわからないが、とにかく文明の利器と化学技術の発達にはとても感謝している。
こうして夜道をドライブすることができているのだから。まあ、これ以上視力が悪くなるようだとレンズがないと言われているので目が悪くならないように日々祈っている。レーシックを受けるには貯金が心もとない。

夜の道をドライブするのも好きだが、やっぱり家で夜景を裸眼で眺めるのが1番好きだなと思う。
焦点のズレた自分の目は天然もののピンボケレンズ。
ドラマや映画でよく使われる焦点が合う前のシーンをずっとみることができるのだ。
交差点は信号機の光で埋め尽くされ、どこに支柱があるのかわからない。車本体の車種ももちろんわからないし、大きさもわからない。かろうじて光の位置で大型トラックと乗用車サイズを判別できるくらいだろうか。

遠目に見える高速道路は、宝石の道みたいに輝いて見える。
車のライトの色は一色だけではない。たまにガッツリいじっているんだろうなあと思われる車が走行していると彩りは増す。
拡大されて見える光も複雑な色合いをしているから余計にカラフルだ。

この世界を見られるのは、私だけの特権。
裸眼で見るこの世界は誰1人として同じではないだろうし、正真正銘私だけの世界。それを思うと目が悪いのもそんなに悪くはないかなと考えてしまう。
だからこそ、レーシック技術が必要になるレベルまで目が悪くなるのは勘弁願いたい。

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