読書日記 『ザ・レインコーツ』なんか違うなあ…
ジェン・ペリー著 『ザ・レインコーツ 普通の女たちの静かなポスト・パンク革革命』 Pヴィアン
しばらく前に、書店で見つけて、買おうかどうか迷っていたら、近所の古書店にほぼ半額で出ていたので購入。
1 なぜレインコーツの本が?
ザ・レインコーツというのは、1970年代の末から80年代の前半に活躍したイギリスのバンドだ。私は1stアルバムだけ聴いたことがあるが、この本を本屋さんで見かけるまでその存在をすっかり忘れていた。
ザ・レインコーツは、ヒット曲があるわけでもないし、アルバムだって2、3枚しか出ていなかった。私の記憶の範囲内だが、何かの中心的な存在というわけでもなかった。その後、ビッグなバンドになったったという話も聞いたことがない。そんなバンドの本が出ているのは、どうしてなのだろうか? 何か事件でもあったのだろうか? そんな疑問を持って、本書を読みだした。
とりあえず、1980年代前半で解散して、活動を終えていたザ・レインコーツは、90年代に再結成していて、なんと現在までバンドが続いているとのことだった。今では、パンク以後の、女性だけがメンバーの老舗バンドとして、フェミニズム的な活動も含めて、高く評価されていて、影響力も大きいのだそうだ。そういう流れで、メンバーの生い立ちからバンドの歴史と功績をまとめたのが、この本のようだった。原著は2016年に出ている。
著者は、ロンドンではなくニューヨーク在住の雑誌ライターで、編集なんかもやっているアメリカ人のようだ。最近は、著者の経歴に、生年を明記していないので、著者の年齢は不明だ。今日的な理由があるのだろうが、私はものすごくストレスを感じる。著者の年齢で判断できることが多いからだ。
2 ザ・レインコーツとラフトレードのレコード
私には、バンドとしてのレインコーツの記憶はほとんどない。当時は、写真も2、3枚しか見たことがないと思う。一番、大きいのは、レインコーツの1stアルバムが、ラフトレード・レーベルから出たレコードという記憶だ。
このレーベルは、ロンドンのレコードショップが母体となった新興のレーベルだ。時期的には、ロンドン・パンクのすぐあとくらいだ。新しいバンドを続々送り出していることで、当時、話題になっていた。私はポップ・グループが好きだった記憶がある。
当時の日本では、大きめのレコード屋さんに行くと、ラフトレードコーナーがあって、結構、大量に売られていたと思う。手に入りづらい貴重盤なんてことはなかった。
私は、レインコーツは、1stアルバムを一枚だけ聞いて、それで忘れていた。ドラマーがスリッツの人だったことも、今回、本書を読む過程で知った。
ファースト・アルバムを聴いた時のことを思い出すと、メンバーにバイオリン奏者がいて、バイオリンが、結構、鳴っていたということと、バイオリンがいるわりに初心者バンドみたいな、まとまりのない変な音だったということくらいしか、印象にない。
下手なのか前衛なのかわからなかったし、「スリッツ」の曲のような面白みを、私は感じなかった。ただ、こんなんでもアルバムが出せるのだという、なにか間口の広さというか、ロンドンってすげえな、という嬉しいような驚きを覚えたのだった。
この本によると、レインコーツの活動が、フェミニズムの運動と重なっているように読めるが、当時はそんな印象はなかったし、メンバーが全員、女性だということも特に意識しなかった。
3 独裁政権と戒厳令
最近、70年代半ばから後半の英国ロックの書籍を読むと、当時のロック業界は完全に男が中心の社会で、女性がバンドをやるなんて考えられなかったし、やろうとしても誰も本気にしなかったのだと書いてある。本書でも女性がバンドをやることの困難さが語られており、ほぼ40年ぶりに初めて知ったロンドンの男社会な事情に、私は驚いているのだった。
ロンドンは日本なんかよりも進んでいて、女性のロック界への進出なんて、なんの障害もなくあったものだと思い込んでいたが、そんなことはまるでなかったのだ。
それはロック界だけでなく、当時のヨーロッパの国家体制なんかも同じだった。これまで意識したこともなかったが、本書を読んで、驚くことがたくさんあるのだった。
ザ・レインコーツの大半の曲を書いているメインのメンバーで、ヴォーカル・ギター担当の、アナ・ダ・シルヴァは、ポルトガルのマディラという人口が10万人前後の離島の出身だという。当時のポルトガルは、独裁政権が長期間続いており、何事にも検閲が常態化していたのだという。
そんなポルトガルでは男尊女卑が普通で、既婚女性には、なんとパスポートの発行も認められていなかったという。外国に行きたいときには、旦那と雇用主の許可証を揃えることが必要なのだ。それがなければ、海外には出ていけなかったのだ。
当然、欧米のロックなどを自由に聞ける環境ではなく、音楽は自国ポルトガルのファドがメインだったらしい。アナ・ダ・シルヴァは、1974年のカーネーション革命後、ロンドンに移住してきたのだという。
途中からドラマーとして参加するパルモリヴも、英国人ではなく、スペインの出身だ。彼女が幼少期を過ごしたのは、フランコの長期独裁政権下だった。海外の音楽などが自由に聞けるようになるのは、フランコが亡くなった1975年以降のことだというから、パルモリヴも、ロックなんかほぼ聞かずに育っているのだ。
ヨーロッパは、文化的には日本などより進んでいて、自由な風土なはずだというのは、私の思い込みに過ぎなかった。考えてみたら、日本の隣の韓国だって、1982年まで戒厳令があったのだ。ヨーロッパでだって、おなじようなことが普通にあってもおかしくないのだ。
ということで、非ロック圏のメンバーが二人もいたから、ザ・レインコーツのデビューアルバムは、あのようなユニークな音楽になったのだ、と言えるかもしれない。同時に、祖国で理不尽な扱いを受けてきた彼女たちが、普通の流れとして女性の権利に対して意識が高くなったのだろう。
でも、なぜかすごく読みづらい本だ。
4 パティ・スミスとスリッツ
ロンドンで出会ったレインコーツのメンバーたちが、バンドに目覚める瞬間もいかしている。
1976年、ロンドンでパティ・スミスがライヴを行う。会場でそれを体験したアリ・アップとパルモリヴが意気投合して、「スリッツ」の結成となる。そのスリッツのファースト・ライヴをロンドンで体験したアナ・ダ・シルヴァとジーナ・バーチが、「レインコーツ」を結成する。そのレインコーツに、スリッツを解雇されたパルモリヴが参加して、バンドが本格的に始動する。
なにか時代のうねりのようなものを感じさせられる。
この頃に出てきた女性陣は、レインコーツのメンバーをはじめ、みんなフェミニズム的な言動でひとかどの人になっているらしいし、本書ではそういう流れの中で語られているし、そのために彼女たちは、以後に続く女性たちに尊敬されているらしい。
といっても彼女たちは、普通の人たちだ。特にレインコーツのメンバーは、いわゆるロックミュージシャンにつきものの奇矯なふるまいとか、極端に走るといったことのない、まっとう過ぎる人たちだった。そしてその普通の人たちが、普通に女性の権利獲得をのぞむと、社会と軋轢が生まれて、社会運動に展開させるか、アナーキーに蹴散らかすかなくなるらしい。といったことが書いてある本だ。
私は不勉強でフェミニズムの方面には詳しくないので、らしいという表現にとどまってしまうのだが、多分、最近のコトバだと、情報をアップデイトしないといけない人間なのだろうなあ、と自分のことを思いながら、本書を読んでいた。しかし、読みづらいしわかりづらい。
5 断片で構成された複雑な本
この本は、ザ・レインコーツの結成前夜から各メンバーの生い立ち、そしてなぜか1stアルバム全曲解説みたいな構成になっている。他にもアルバムはあるのだが、1st限定だ。
その間に、メンバー、および著者の意見、雑誌や本からの引用など、雑多ともいえる調子で、いろいろな文章が挿入される。だから非常に読みづらい。翻訳は、一定水準が保たれていると思うが、問題は原著の構成にあるのだろうと思う。
この本を、レインコーツというバンドのバンド・ストーリーとして作ったのなら、バンドの流れと、社会の流れと、ロックの流れを、シンクロさせながら、時代順に述べていけば、わかりやすくなったと思うが、本書は、そういう構成になっていない。
バンド・メンバーの発言や、メディアの批評の引用や、著者の解釈などが、入り乱れて、かなりわかりづらいのだ。女性の権利の獲得とかフェミニズムの流れと、このバンドが具体的にどうかかわってきているのか、意外とわからないのだ。単に、レインコーツのメンバーは、すごい、って書いてあるだで、具体的によくわからないのだ。
それ以上にロック史的な視線が足りない。ちゃんと歴史的な流れを縦軸として抑えて、レインコーツと同時代に活躍したバンドを横軸に並べて、俯瞰するように描かないと、バンドの位置も価値もわからないし、本としての面白みも深みも出ないと思う。
結局、私は、半分くらいから、斜め読みになってしまった。読みづらい=わかりづらい=つまらない、のだ。ざっと読み終わって、この本の文責が誰にあるのか、よくわからない印象を受けた。
普通なら著者か翻訳者のあとがきがある最後のところに、唐突に日本人編集者の文章が載っている。原著が出版されたのが2017年で、日本で出版されたのが、2021年の暮れだから、その間のレインコーツのメンバーの動向を補う文章が追加されているのだ。通常は翻訳者が書く文章だと思うが、なぜか編集者が書き、それも男だ。なんかちぐはぐな印象を受ける。
ということで、テーマにしては、作り方、書き方に失敗して、つまらない本になってしまっていると思った。
6 気になる著者の年齢
と、でも、最後にやっぱり、レインコーツが1冊の本になるようなバンドだったのか? なんか違う気がして仕方がない。
どうにも落ち着かないので、著者のジェン・ペリーという人を検索してみた。グーグルに、jenn pelly と入れたら jenn pelly pitchfork と出てきた。ピッチフォークというのは、巻末の著者の経歴にあった媒体だ。紙の雑誌なのかネットなのかは不明だ。
jenn pelly pitchfork で検索すると、 pitchfork のサイトに飛んだ。
pitchfork Jenn Pelly Contributing Editor
https://pitchfork.com/staff/jenn-pelly/
とりあえずアルバムや映画を批評するサイトのようだった。ジェン・ペリーが活躍しているのは、2010年代になってからのようだ。他を検索してみて、ジェン・ペリーの名前が出てくるのは、やはり2011年以降だ。20歳前後から活動し始めているとすると、現在は30代前半ということになる。30歳から活動を始めているとしても、40代前半だ。ということは、ザ・レインコーツのメンバーの子供の世代だ。
なら仕方がないかな、と思ってみた。当時のことを知らないのだし、調べが行き届かなかったのだし、もしかしたら、若い彼女がレインコーツに出会って、あこがれて、ロンドンまで取材しに行って、この本を書いたのかもしれない、などと思ってみた。本が出来て、日本で翻訳が出たことを、よしとするべきなのかもしれない、などと思ってみた。古本屋で安く買ったから、まあ、いいか、なんて思ってみた。
本当にそうか?
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