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映画日記『ブライアン・ウィルソン 約束の旅路』 家族と音楽と

ブライアン・ウィルソンのドキュメンタリー映画を観た。立川キノシネマの、豪華なソファ席だ。ブライアン・ウィルソンは、ビーチ・ボーイズの中心的メンバーだったミュージシャンだ。現在はソロで活躍している。

私は、ビーチ・ボーイズもブライアン・ウィルソンにも、あまり詳しくない。だから、大まかなとことを、おさらいしておこう。

1 1961年にデビューした老舗バンド


ブライアン・ウィルソンは1942年生まれだから、今年でちょうど80歳だ。この映画は2021年制作だから、去年だ。単純計算して、79歳のブライアン・ウィルソンが映っていることになる。

1988年に最初のソロアルバムを発表してから、今日までに、ライブ・アルバムも含めると15枚くらいのアルバムを出していて、ツアーもやっている。

ビーチ・ボーイズは、シングル・デビューしたのが1961年で、最初のアルバムが1962年。60年以上の歴史がある。私の年齢とほぼ同じだ。その後、コンスタントにアルバムを出していて、今日までに、ライブも加えると35枚以上のアルバムを発表している。ツアーも延々と続けている。ビーチ・ボーイズは、現在も続iいているのだ。

ビーチ・ボーイズのオリジナル・メンバーは、ブライアン・ウィルソン、デニス・ウィルソン、カール・ウィルソンのウィルソン3兄弟と、いとこのマイク・ラヴ、ブライアンの高校の同級生だったアル・ジャーディンの5人だ。

その後、ブライアンが体調不良の際に、代役として、ツアーにグレン・キャンベルが参加し、その後、キャンベルが抜けた際に、ブルース・ジョンストンが正式加入している。ブライアンは、曲作りに専念して、1964年末より、ツアーからは遠ざかっている。

その後、紆余曲折を経て、デニス・ウィルソンが1983年に亡くなり、末弟のカール・ウィルソンが1998年に亡くなっている。カールの死亡を機に、アル・ジャーディンも脱退している。

ブライアンは、70年代の末からほぼ10年間、精神疾患のために、一線を退いていた。ビーチ・ボーイズも脱退したということになるらしい。

2 現在は三つに分裂している?


現在、ビーチ・ボーイズは、三つに分裂している。

一つは、昔から続いている「ビーチ・ボーイズ」で、マイク・ラヴとブルース・ジョンストンが中心に活動を続けている。

もう一つは、アル・ジャーディンが自分の「エンドレス・サマー・バンド」というファミリー・バンドで、ビーチ・ボーイズのナンバーを演奏し続けている。

そして三つめは、ブライアン・ウィルソンだ。

アル・ジャーディンは、2000年代に入ってからは、ブライアン・ウィルソンのバンドに参加したりと、二人は、良好な関係を築いているらしい。

だから、ビーチ・ボーイズの曲を演奏するバンドは、マイク・ラヴとブルース・ジョンストンの「ビーチ・ボーイズ」と、アル・ジャーディンの「エンドレス・サマー・バンド」、「ブライアン・ウィルソンのバンド」の3つがあることになる。

ちなみにブライアン・ウィルソンは、2000年代に入ってから、4回、来日して公演を行っている。

3 明るいのか暗いのかよくわからなかった


私はビーチ・ボーイズが苦手だった。特に、名曲とされる「グッド・バイブレーション」は、明るいんだか暗いんだかわからなくて、気持ち悪くてしょうがなかった。

最初にこの曲を聴いた時は、冗談音楽かと思ったのだ。例が適切でないかもしれないが、『笑点』のテーマソングみたいな感じだ。でもそれにしては、明るさが吹っ切れない印象を受けるのだ。正確無比なコーラスが気持ち悪いのだ。

そのあとで、メンバーの写真、というか、ブライアン・ウィルソンの写真を見て、白っちゃけたデブだったので、もっと気持ち悪くなった。

今にして思えば、薬物中毒で闘病中の写真なのだが、そんなことを知らない私には、性犯罪者にしか見えなかったのだ。

ビーチ・ボーイズのアルバムは、1枚だけ持っている。1977年に出た『Love You』というアルバムだ。A面の1曲目に「Let Us Go On This Way」が入っている。この曲は、ちょっとだけ、パンクっぽい。

ラジオでこの曲を聴いて、気に入って、アルバムを輸入盤で手に入れた。しかし、この一曲しか聴いていないくらい、他の曲の記憶がない。

80年代の末になって、ブライアン・ウィルソンがソロアルバムを出して、音楽に復帰した際に、もう何十年も、ドラッグ中毒で苦しんでおり、奇跡的に復帰したのだと語られ、そうだったのかと、初めて知った。

それに付随して、今でも精神的におかしいとか、ひどい精神科医に引っかかって、洗脳されカモにされていたとか、その医者が免許をはく奪されたとか、いろいろな情報が入ってきた。

その頃から急に、ブライアン・ウィルソンの音楽が、いろいろなところから聞こえてくるようになって、私でも馴染むようになった。私も興味を持って、『スマイル』や『ペット・サウンズ・ライブ2002』などを聴いたのだった。

だから私が知っているブライアン・ウィルソンは、ほぼ1990年代以降のブライアン・ウィルソンだ。抗精神病薬で表情が固まっている顔のブライアンだ。

ビーチ・ボーイズの頃のブライアンについては、何も知らないし、当時の曲を聴いても、私の知っているブライアンとは繋がらないのだ。同じ曲を歌っていても、なぜか繋がらないのだ。なんでだろうか?

4 本人による聖地巡り


さて、映画のハナシに戻ろう。ブライアン・ウィルソンに密着したドキュメンタリーだ。

元ローリング・ストーン誌の編集者ジェイソン・ファインという人が、車を運転して、助手席にブライアンが座って、ブライアンゆかりの場所を訪ねる、というのが、この映画の骨子としてある。

ゆかりの地には、ウィルソン一家が生まれ育った家や、ブライアンが結婚して住んだ家や精神科医から治療を受けた家も含まれる。

その合間に、ニュース映像や、ホームビデオ、写真、レコーディング風景などの映像が挿入される。レコーディング風景は、過去のビーチ・ボーイズのものから、ブライアンのソロ、そして現在のものまでがある。

また、ブルース・スプリングスティーン、エルトン・ジョン、ジェイコブ・ディラン、テイラー・ホーキンス、といったミュージシャンたちが登場して、ザ・ビーチ・ボーイズ愛を語る映像もところどころで挿入される。

そして、この映画は、あくまでも現役のミュージシャンである、現在のブライアン・ウィルソンを映し出しているところが肝なのだ。

5 30年で一人きりの友達



映画の中に印象的なシーンがいくつもあった。

まず、ジェイソン・ファインとの食事のシーンでの会話。

ブライアンが、ジェイソンに対して、君は友達だ、この30年で初めての、あるいは、一人目の友達だ、みたいなことを言う。

ジェイソンが、それにこたえて、そうだよ、友達だよ、だからなんでも頼ってくれ、みたいなことを言う。

ブライアンが、君もね、と返す。

そんな場面があった。私はスイッチが入って、感情失禁状態になってしまった。

ジェイソン・ファインは、いくつくらいの人なのだろうか? 1997年から、ローリング・ストーン誌とあるから、ブライアンの息子くらいだろうか。駄目だ、これを書きながらまたスイッチが入りそうだ。

歩いているとき、ジェイソン・ファインは、常にブライアンの手を繋いでいる。時には脇を支えていたりする。ジェイソン・ファインがいないところでは、別の人物が、ブライアンの手を繋いている。現在のブライアンは、一人では、転ぶのかもしれない。

バックで流れている音楽は、ビーチボーイズの曲だ。車の中で、カーステレオで二人は音楽を聴いている。

弟のデニス・ウィルソンのソロアルバムを、初めて聴くシーンがあった。そのシーンは、家の中だった。ジェイソン・ファインのノートpcで聴くのだった。

また、車中で、ジェイソン・ファインからユージン・ランディの死を知らされ、ブライアンが大いに動揺するシーンがあった。ブライアンは、悲しんで涙も流すのだ。

ユージン・ランディは、ブライアンを治療した医師で心理学者だ。映画に挿入されている写真では、医師というよりも、ブライアンを食い物にしている悪徳マネージャーのようにしか見えない。英語のウィキペディアに、ユージン・ランディに関する詳細な記述があった。

https://en.wikipedia.org/wiki/Eugene_Landy
英語がわからずとも、翻訳機能を使って読むと、おおよそのことがわかる。

6 家族と音楽と


スパルタだった父親のことは、ブライアンは、この映画の中であまり語っていないが、亡くなった二人の弟のことは、哀しいのだけど、嬉しそうに語っている。二人が音楽家として確固たる才能を開花させたことが、誇りなのだった。

家族と音楽が、現在もブライアンを生かし続けていることがわかる。子供が、孫が、ブライアンには何人もいて、そして、湧き上がってくる音楽がある。

家族がいる人はいいな、音楽の才能がある人はいいな、と、心底思って、何も持っていない私は、少しやさぐれた気持ちになった。ブライアン・ウィルソンは、この映画の中で終始一貫、キュートだった。私は草間弥生を思い出していた。

映画のタイトルになっている「Long Promise Road」は、1971年リリースの『サーフズ・アップ』というアルバムの収録曲らしい。末弟のカール・ウィルソンと、マネージャーだったジャック・リーリーが作った曲だ。オリジナルは、カールが歌い、ほとんどすべての楽器を演奏しているという。


歌詞の和訳をネットから拾ってみたら、こんな感じだ。

将来の謎を解くのはとても難しい
行き先が遥か過去のように見えるとき…

子どものようにくすくす笑うのは難しい
涙が心に苦痛になりはじめたとき…

過去の生き方を捨てるのは難しい
心を自然に舞い上がらせようとするとき…

それでも僕は
目の前に立ちはだかる戦いに全力で挑み
僕をつまづかせるすべての障害を打ち倒す
僕を縛りつけるすべての鎖を投げ捨ててやる


映画の最後は、この曲のレコーディングのシーンだった。現在のブライアン・ウィルソン・バンドがカヴァー録音しているのだった。ブライアン・ウィルソンは、今でも曲を作り、ピアノを弾き、歌を歌っている。

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