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棒人間も書けないド素人が右脳的デザインと左脳的デザインを語ってみる。

はじめに言っておきます。
僕は絵がめちゃくちゃ下手。

誇れることではないが、僕は学生時代の美術の点は全教科の中でもっとも低かった。しかし、このようなデザインの考えがあると知るきっかけがあればまた違った人生があったかもしれない(まあそんなことはないと思う)。

大学時代、リハビリの学校に行くと病院に実習に行かなければならない。そこでは、実際の患者さんに指導をします。
家に帰った後も自主的に運動が行えるように、棒人間などで絵を描いてお渡しすることが多い。
僕にはこの作業が苦しかった。
何度かけども自分のイメージした絵にならない。
自分は病気かと思うくらいに。

まあ、写真という現代的な手法を用いることで、なんとか乗り越えることができた。

そんな僕がデザインの話をするのだから、さぞかし滑稽だろう。僕自身もそう思います。
逆に言うと、そんな僕がなぜ、デザインというものを大事にしているのか、聞いてもらえると嬉しいです。

デザインと聞いて、イメージするのはどんなことですか?
絵ですか?建物ですか?写真ですか?服の模様ですか?
本当に沢山のことが頭に浮かぶのではないかと思います。

僕がデザインを語るにあたり、上記のものだけが、デザインならば、語る資格はないだろう。

そもそも、デザインという言葉の意味は

「審美性を根源にもつ計画的行為の全般を指すものである。」
※審美性とは、自然や美術などのもつ本当の美しさを的確に見極めること。また、美の本質・現象を研究すること。

単に絵や模様を指す言葉でないことは理解してもらえると思います。
そういった意味では僕がデザインを語っても少しは良さそうではないか。

ポスターを作ることになったとする。
どういう思考過程で、つくるだろうか。
ポスターを作るということは、見てくれる誰かの行動を変えたいからだろう。

例えば、駐車禁止ということを伝えて車を止めないようにしてもらいたい。あるイベントに集客をしたい。

様々な狙いがあって、ポスターを作ると思う。

そういった思考過程そのものも僕はデザインと捉えている。

イベント集客をする目的であれば、どんな人(年齢、性別、特徴)に参加してもらいたいのか。
どんな人を対象にするかで、ポスターの内容は180度変わる。


高齢者に向けてなら、
文字は確実に大きい方が良いだろう。
色を多用しない方が良いかもしれない。
ポスターからの申し込みの導線は電話やFAXなどアナログな手法を使った方が良いかもしれない。
ポスターを貼る場所は公民館やコミュニティセンターが良いかもしれない。

このように、デザインも論理的に考えることだってある。
この部分も含めてのデザインではないかと思う。

この論理的な部分を左脳的デザイン、グラフィックや色など目を引くものを右脳的デザインとかってに僕は呼んでいる。

僕は右脳的デザインのセンスは残念ながら持ち合わせていないみたいだ・・・

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実はこの左脳的デザインはポスターやチラシなど広報だけではなく、普通の職場でもかなり活きる考え方だと僕は思っている。

例えば、よくあるのは、「〇〇さんって言ったことやってくれないのよね〜」

その答えとなるヒントはこの本に書いてある。

まずはじめにしないといけないのは、「分かり合えない」ということに気づくことである。
みんな、なぜか言うことを聞いてくれるという前提で話を進めてしまう。
良い意味で期待しないことが非常に重要です。(自分のストレスを溜めないためにも)

そして、行動を起こして欲しい人が、普段どのような働き方をしていて、どのような価値観を持っているのかを観察することが大切です。

人は論理的な説明で行動を起こす訳ではないからです。相手の感情を上手に活用する必要があります。
そんな時に相手の普段の行動を知っていないと、相手の文脈で提案することができません。

相手がどのような行動をしているのか、価値観を持っているのか。それに合わせて情報を提供しないといけません。

相手の感情や行動にスムーズに入っていけるようにデザインしないといけないんです。

そして、イベントや交流会を開く時にもデザインという考え方は役にたつ。
僕の今読んでいる本にこれまたヒントが書いてある。

イベントは参加者に対して、何か行動変容を起こしてもらいたい。単純に楽しんでもらいたい。など目的があるはずです。

この「目的」を考え抜くことが本当に大切だということが書かれています。
ここの目的が明確化されれば、あとはその目的に向かってデザインをするだけです。
目的を達成するために、誰を呼ぶのか、逆にいうと誰を呼ばないかを決める必要がある。安易に来ても良いと言ってしまい、その場に合わない人たちが来てしまったらお互いに申し訳なくなる気持ちになる。優しさが仇になってしまうことがあります。

また、悲しい気持ちになって欲しいのに、明るい音楽を流すのは間違えているだろう。ゆっくりな音楽に部屋を暗くしてみてはどうだろうか。
目的から逆算してデザインしていくことが必須です。

日常にはいろんなデザインに溢れています。例えばテレビで流れるCM。これは誰に届けたいのかな〜という視点でみるとかなり面白い。

清涼飲料水のポカリとアクエリアスがある。
どちらも同じ場面で若者が飲む。言わば競合となる2つの飲み物である。

しかし、CMを見るとかなりターゲット層が違って勉強になる。


こちらはポカリのCM。

ポカリのCMは学生が楽しく青春している場面が多く発信されている。
きっと、この年代の人たちがスポーツしている時や汗をかいているような場面で学生自身が直接、スーパーやコンビニで買うことを想定しているのではないかなと思います。

こちらはアクエリアスのCM。

ポカリとは違い、家族のストーリーが描かれている。
子供が努力している裏で両親が仕事をしていたり、応援している姿がとく描かれている。個人的にはめちゃくちゃ感動してしまう...
子供を応援する中でアクエリアスが用いられている。
つまり、飲むのは子供であるが、そのアクエリアスを買うであろう両親をターゲットにしている点でポカリと差別化されているのではないかと思います。

どちらが良いか僕にははっきりわからないが、単に戦略の違いでもある。
しかし、お金を握っているのは両親なので、そこにアプローチしているアクエリアスは一枚上手なのではないかと思います。

このCMを作るのもデザインだと思う。
誰に届けたいのか(ターゲット)を決めて、そこから逆算して伝え方(ストーリー構成)を考える。

絵やグラフィックという、美術や制作物としてのデザインだけではなく、仕組みや伝え方という広義のデザインで物事を考えていくと世の中にある様々な課題をクリアできるかもしれません。

僕は左脳的デザインの上に成り立つのが右脳的デザインだと思う。
単に絵が上手でもあまり役に立たないのではないかと感じる。

なので、左脳的デザインを理解した、右脳的スキルが高いデザイナーと関わると鳥肌が立ってしまう。

最初の話に戻ろう。こんなに偉そうにデザインについて語ってきた。

思い出しただろうか?

そう僕は絵が下手だ・・・

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