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【怪談】いたずら

※この話はフィクションです。
※当アカウントでは基本的にエッセイを書いていますが、唐突に怪談話ですみません。
苦手な方はページを閉じていただけますと幸いです。




鶴科市つるしなしの北にある、桓帝山かんていざんから一望できる街並みは、それだけで観光客を何万人も呼ぶことのできる、県内随一のビュースポットだった。
大学が市内に幾つもある文教都市としても有名な鶴科市では、運転免許を取ってから一番最初のドライブデートを桓帝山にすると、必ず恋が実る、というジンクスが、学生たちの中で出回る都市伝説のひとつだった。

桓帝山の奥は北山きたやま地区と呼ばれ、山を挟んで市街地の裏側に位置する。
北山地区は湿気深い山林地帯で、桓帝山の頂上から北山地区の方を見渡すと、市街地とのコントラストが顕著で、ほとんどが限界集落か廃村か、という、一極集中化した現代日本のモデルケースのような地なりをしていた。

北山地区での心霊の噂はよく立った。廃校で子どもの霊を見ただとか、大女に夜道を追いかけまわされたとか、いかにも学生が面白がって「目撃証言」として嘯かれそうなエピソードが、とある大学で拡散されていた。


「ゆき姐、今度桓帝山行かない?」
サークルで行った免許合宿を経て、急速に仲が深まった男女がドライブデートを計画している。
彼らは付き合ってこそないが、ほとんどお互いの色心は知れている仲だ。旅行計画と銘打ちつつ、“その時”に向けたプロセスとして会話を楽しんでいるに過ぎない。

男はその“プロセス”への妄想が過ぎて、北山の廃校での噂を確かめよう、と女に持ちかけた。
同じ一回生同士で「ゆき姐」扱いされるぐらいの姉御肌な女は、なんなら男の方を脅かしてやろうとさえ思い、二つ返事でこれをOKした。



桓帝山の頂上で、彼らは恋仲になった。
この日彼がプレゼントしたマフラーは、彼女が着ていたとっくりセーターには上手く馴染まず、一旦その日は彼女の膝掛けとして、ぐんと冷え込む夜風からの防護品として役目を持つことになった。

桓帝山の景色の見頃は、1時間おきにやってくる。
ビュースポットは市街地の目抜き通りと正対しており、最奥に見えるJRの駅舎が、時刻が変わるたびにイルミネートされる。
随分前から頂上に居るはずの彼らはそれを3度ほど見逃し、結局桓帝山を後にするのは、22時のイルミネーションを見届けたあとだった。


…本当にこの後北山に向かうのか?
今日の目的を完遂して、満たされてしまったことと、山の頂上から南北を見回して、北山のあまりの漆黒さに彼は正直ビビってしまっていた。
しかし、初日から既に主導権を握ろうとする彼女の思惑と、それに気づきながらも引くに引けなくなった彼は、渋々北山方面に向かう事にした。 



15分ほど山道を走っただろうか。民家もなければ街灯の灯りすらない場所も多く、運転初心者にはいささか荷が重い道のりだ。
「もう街灯も切れてるし、意外と分かれ道も多いからよくわかんねぇよなあ…」
帰りたい空気を匂わせつつ、廃校の周辺らしき辺りを彼らは10分ほど彷徨っていた。

「あ!」彼女が声を上げる。
「光!」
彼女の指差す方向に光が見える。
「あの辺にあるって事なんじゃない?」
確かに、マップの道なりを考えると、あの光の方向で間違いない。彼は光の方向に車を走らせた。


その時点で、嫌な胸騒ぎはしていた。
街灯とは違う、真っ直ぐビームのように一方向を照らす光だった。
その光は微かに揺れていた。動物のようにゆらめいていた。



廃校の入り口にはすんなり到着することができた。
あの時見た光がどこにあったかは見失っていたが、新たに2本の街灯が、弱々しく「鶴科市立 北山東小学校」の校門を照らしていた。
そしてヘッドライトが照らすのは、ガラスも割れて荒れ放題の、こぢんまりとした二階建てのコンクリート造りの校舎だった。


彼も彼女も、さすがに校舎に入る勇気は無かった。とはいえサークル仲間にエピソードトークとしてお茶を濁すためにも、校門の前で写真を撮ろうということになった。
恐る恐る、風吹き荒ぶ車外に出た。
切れかけの街灯にボロボロの校舎、いかにもな薄気味悪さを感じながらも、彼女は彼に、校門の前に立つことを指示する。
渋々彼が校門に歩みを進めた瞬間、
はっきりと人の声が聞こえた


だずげでえええ゛゛!!!!!


背筋が凍った。
2人して固まった。お互い聞こえたか確認する必要すらなかった。
その声は、何十にもこだまして校舎から響いてきた。

「ヤバいやばいヤバい!!!」
身体中の毛が総毛立ち、2人ともほとんど腰が抜けかけていたが、次の瞬間にはこの場を立ち去る事に夢中になった。

だずけでぇ!だずげでえ゛え゛え゛ぇ


その声はどんどん大きく、そして真っ直ぐ自分の耳に届くようになってきている。
「急げ!急げ!」
ほとんど半狂乱になる彼女の手を無理やり引っ張り、投げつけるようにして車に放り込んだ。
彼は大急ぎで運転席に乗り込み、車のバックギアを入れアクセルを踏もうとしたその瞬間、見てしまった。
いや、出会ってしまった。

それは少女の姿だった。一糸まとわぬ、それこそ小学生ぐらいのおさげの女の子だった。血まみれになりながら、目をひん剥きながら、鬼のような形相で全速力で車に向かってきていた。

殺される。本能が叫んだ。
自分でも驚くほど冷静にバックギヤを入れ、ハンドルを目一杯切り、Uターンし、出せる限りのスピードで飛ばした。あっという間に声は遠のき、軽自動車のエンジンの唸り声だけが山に響いた。

彼女は助手席でガタガタと震え続けていた。
「ダメ…ダメ…」そう呟き続けていた。
彼はなにも言わずに、とにかく自分の下宿先に急いだ。
今思えば、あの時の彼女の言葉と、その目は、
全てを一瞬で理解していたからこそだったのかもしれない。


その日は彼の下宿に彼女を泊めて、お互い眠れずに朝を迎えた。
翌日、正直授業なんて受けれる状態ではなかったが、各々の授業にサークルの友人はいるので、終わったらまた会おう、と約束して別れた。



その夜、彼女は彼の前には現れなかった。
連絡も通じなかった。
友人にも聞いたが、誰とも連絡がつかない状態になってしまった。




数日後、警察が男の家に来た。
あの夜のことを聞かれた。
どうやら、あの夜、廃校に、彼女にプレゼントしたはずのマフラーを現場に落としていたらしい。
購入店舗等から彼のことを割り出したらしい。
能天気にも「警察ってすげーな」と男は感心した。

思わず、「なんであの日のことを聞くんですか?」と興味本位で質問してしまった。
警察の人は、少し戸惑ったように、しかし整理された言葉でこう答えた。

「あの日、10歳の女の子が北山東小跡で亡くなってるんです。当署では強制猥褻等致死罪で犯人の足取りを追ってます。」
「当署にて、被害者のおびただしい血痕がついたマフラーを押収しています。詳しくお話をお聞かせいただけますでしょうか?」



噂で聞いた話だが、あの後すぐ彼女は大学を辞めて地元に帰ったそうだ。
元気にしているかどうかは、もはや知る由もない。

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