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春の終わり、夏の始まり 28

せっかく早起きしたのだから、と義之と唯史は朝風呂を楽しむことにした。
洞窟に響く波の音が、温泉にこの上ない風情を添えている。
「あ――、極楽極楽」
岩風呂の中で、唯史が体を伸ばす。
時刻は6時になっていた。
「唯史、せっかく早起きしたんやし、早い時間に那智の滝行くか」
「そやな、朝の神社は気持ちよさそう」
二人は洗顔を済ませ、出発の用意を整えた。

那智山なちさんに到着したのは、午前8時。
観光客の多い那智山だが、この時間はまだ閑散としていた。
駐車場に車を停め、那智の滝を目指す。

那智の滝は、熊野那智大社別宮べつぐうである飛瀧神社ひろうじんじゃのご神体である。
飛瀧神社の鳥居をくぐり、唯史と義之は石段を下り始める。
木々の中を進む参道は静かで、時折鳥の声が響いていた。

「小学校の時に、親と旅行で来て以来かな」
足元に注意しながら、唯史は参道を進む。
「俺は何年か前に仕事で来たなぁ」
義之は周囲の風景とともに、唯史の姿を撮っていた。

5分ほど石段を下ると、那智の滝がごうごうと音をたてていた。
「すごい……」
唯史は息をのむ。
一の滝とも称される滝は、高さ133メートル、滝壺の深さは10メートルにもなる。
落下する水量は毎秒1トンとも言われ、その迫力は見る者を圧倒する。

「那智の滝って、こんなにすごかったっけ」
小学校の時に来た記憶は、ほとんど残っていない。
「こないだ大雨降ったからな。今日は水量が多いかもしれん。俺が前に来た時は、もっと水の量が少なかった気がする」
そう言って、義之は賽銭箱に賽銭を納める。

鳥居越しに参拝してから、二人は滝を間近に見ることのできる御滝拝所へと進んだ。
御滝拝所は舞台のような造りになっていて、那智の滝を目の前にのぞむことができる。
滝は、ごうごうと音をたてて流れ続けている。
自然の雄大さに感動を覚えながら、義之と唯史は滝にカメラを向けた。

「唯史、そこの滝の前に立ってみて」
義之が指示する。
言われる通り唯史が立つと、滝をバックに義之がシャッターを切った。

「唯史、めっちゃ良い表情かおになってる」
「そう?」
「うん、前からは考えられへんくらい、顔が明るい」
義之は、さらにシャッターを切る。

「義之のおかげやん」
はにかんだように、唯史は微笑んだ。
「那智の滝に清めてもらったんかもな」
義之は温かい笑みを浮かべ、さらに唯史の姿をカメラに収めた。

那智の滝を満喫した唯史と義之は、橋杭岩、さらに串本大島を訪れ、帰路についた。
「この2日で、めっちゃ写真撮った気がする」
義之が運転する車の中、唯史はカメラのモニターを確認する。
「何枚くらい撮ったん?」
「ざっと300枚くらい」
「すごいやん」
「義之は何枚くらい撮ったん」
「多分600枚は超えてる」
「さすが職業カメラマンやな」

車は国道42号線を北上していた。
車窓からは、南紀特有の荒々しい海岸線が見える。
夏の海は、太陽の光を受けてキラキラと輝いていた。

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