どうしたら日本人が「クラブハウス」をスタートアップできたのか15の考察
こういう音声SNSは誰もが考えていたはずだったのに。このタイミングでこう来たか──。しかも英語圏グローバルからの日本人浸透といういつものパターン。ため息が出続けた1週間でした。まだ時期尚早かもしれませんが、日本を含めグローバルな音声SNSは「クラブハウス」がポジションを築いてしまう可能性が高いと感じます。
このブログを読んでくださっている方にはもはや説明不要の「クラブハウス」は、昨年2020年3月にローンチしたばかり。日本では1月23日からβ版が公開されたところ、1週間たらずで爆発的なヒットとなりました。頻繁にサーバーが不安定になっていることは、Twitterのローンチ当初のクジラ画面を思い出します。
Twitter、Facebook、Pinterest、Instgram、TikTokなど、徐々に、新しいSNSの形が模索→進化されてきていましたが、音声版TwitterはTwitterが流行りだした当初からささやかれていた「いつか必ず来るはずのプロダクト」でした。
音声版Twitterは必ず来る、とみんなが話していたのに……「正解」がこんな形でこうやって世の中に出て、瞬時に広まってしまったことに、リスペクトとともに悔しい思いをしている界隈の方は、私を含め多いのではと思います。
この先5Gが浸透した数年後に、今度はきっと「動画版クラブハウス」の可能性は残っているはずなので、来たるべき未来に備える(あるいはいまから取り組む)ための最初の一歩として、この「クラブハウス成功の理由」を要素分解して考察をしておきたいと思いました。
ここから、クラブハウスがなぜここまで一気に日本でも流行したのか、プロダクト・テクノロジー・ファイナンス・リリースタイミングなど複合的な観点でまとめていきます。そのあと、どうしたら私たちは「クラブハウス」をスタートアップできたのかを考えてみたいと思います。
1. Twitterや他SNSの既存『高速道路』の活用
今回の「クラブハウス」が衝撃的だったのは、その浸透スピードの速さでしょう。1週間も経たないうちに、テレビ番組で頻繁に紹介されるくらいの凄まじい成長は、歴史上初のことだと思います。
このスピード感のひとつの理由が、皮肉にも、すでにライバル視されているであろう、TwitterやFacebookやYouTubeなどの既存SNS自体が拡散する装置として使われたことです。インターネット上の拡散装置として充分に整った『高速道路』を、クラブハウスは高級スポーツカーでさっそうと駆け抜けていったようなイメージです。あのアプリアイコンのイケてる兄ちゃんが似合いそうなスポーツカーです(余談ですが、あのアプリアイコンは毎月、利用者の中で貢献の高かったMVPの利用者に変更されるみたいですね)。
すでにネット上に情報発信のコミュニティが充実している2021年は、インフルエンサーが熱狂的に利用するプロダクトが出てきたら、これくらいのスピードで一気に広まってしまうのだ、という体現例として覚えておこうと思います。既存SNSという市場環境が整っていることは、今後次のグローバルSNS的なサービス展開のときにも、有利に働くことになるはずです。その時は、おそらく「クラブハウス」さえも活用される側となるのでしょう。あわせて、ネットワーク環境の整備=5G/6Gの到来、スマホの高機能化など、さらに足場がしっかりしてきていて、初期のグローバルSNSであるTwitterやFaebookが出てきた当時からは隔世の感があります。
2. 限定招待制&電話帳アップロードによる最新のソーシャルグラフの構築
人は限定招待に弱いですね、今回も身に沁みて分かったことです。そして最高のバイラル手法だと再認識させられました。招待状を欲しがる人、持っているよとアピールする人、招待されて入ったよと誇らしげな投稿の数々。承認欲求を適切に掻き立てる、絶妙な感情の揺さぶりで、既存SNSに投稿する「ネタ」をうまく演出しました。アプリの中で面白いことが話されているのに、自分が参加できていない焦燥感。Androidユーザーだったのに、この機会にiPhoneを中古で買い直す人も多数見かけます。
また、最初の招待数は2名までという少なさと、アプリ内でのアクティビティに紐付いて、招待数が増えるインセンティブ設計も見事です。スピーカーやモデレーター活動が活発な利用者ほど、より積極的に招待できるようにしたことで、クラブハウスの強力なコンテンツである「ルーム」が「知り合いが話しているルーム」へと昇華する、最高のユーザー体験が用意されているのです。活発な人ほど使い方を熟知するので、クラブハウスの使い方が分からない人へのサポートも適切に行われるという副次的な効果もありそうで、よく練り込まれた限定招待の仕組みになっていて、舌を巻きました。
そして、禁断の「電話帳アップロード」は誰かを招待するときに登録を必須としたことで、より巧妙に、もっとも濃密なソーシャルグラフのデータをクラブハウス内に取りこむことに成功します。あえて既存のTwitterやInstagramなどのソーシャルグラフを使わず、より強い電話帳の人間関係の情報を獲得している点も憎いですね。すでに寿命を迎えつつあった、既存SNSの古くなったソーシャルグラフを、クラブハウスの利用とともに一気に刷新することになり、クラブハウスが現時点で最新で心地いいソーシャルグラフを生み出すことになりました。ここから5〜10年は、クラブハウスが最新のソーシャルグラフとして、プライベートでもビジネスでも利用されていく可能性がありそうです。
3. 既存SNSの成功要因=タイムライン&フォロー機能を取り入れる
TwitterやFacebookの最大の発明はタイムラインとフォローの概念でした。
最新情報がアップデートされるかもという期待をもたせて、また「自分が見たい情報が更新されているかもしれない」と脳内に想起をさせ続けます。秒レベルでアプリへの再接触をさせることで、アプリを開くことを脳で考えなくても習慣化させてしまう合法的な麻薬のような存在です。「クラブハウス」は、この既存SNSの成功要因はほぼそのままの機能として取り込んだプロダクトとしました。
気づいたら「クラブハウス」を立ち上げてしまっている人が続出しているのは、この常に更新されるタイムライン&フォロー機能に理由があります。そして、発言をすることに対して、発言されることでのフィードバックを得られる、システム的で単調な「いいね」を超える体験が中で待ち構えています。Twitterより沼が深いのは最初から決まっていたのです。
さらに、タイムライン&フォロー機能は、その人ごとの興味のあるモデレーターやスピーカーだけがタイムラインに表示されることで、もっともシンプルな形でジャンル別にコミュニティを細分化する役割も果たします。例えば、クラシックな掲示板だと、①自分の好きなジャンルのスレッドを選んで、②読む、という2段階のステップが必要でしたが、タイムラインであれば、①好きなジャンルが選別されて流れてくるので読む、でステップが省略されるのです。
この1ステップが省略できたことは、想像以上に重要です。アプリにアクセスして、興味がないジャンルのコンテンツを見せられるほど苦痛なことはないですよね。自分が興味があるフォローした利用者やジャンルやClubsだけの情報がタイムラインに流れることで、各個人ごとにマッチしたコンテンツが一覧で表示されるようになるタイムライン&フォロー機能は、画期的な発明でした。
世界中のあらゆる人々を内包することを想定するグローバルSNSでは、あらゆるジャンルの人々が同じUI&UXで自分に興味があるジャンルにすぐにたどりつける設計は、成功の必須要素なのです。そして「クラブハウス」は、こうした既存SNSが生み出した必須な機能は、車輪の再発明をせず、しっかりと模倣しているのです。
4. 既存SNSを反面教師にした考え抜かれたガイドライン
既存SNSの成功要因は模倣する一方で、反面教師にしていると考えられるのが、ガイドラインから読み取れるアカウント運用についてです。
アカウント登録は「実名」かつ「電話番号」を必須として、複数アカウントを防止してアカウントの信頼性を担保し、その一方で、コミュニケーションをより滑らかにするためのニックネームを追加でつけられるのは、FacebookとTwitterの間をとったような機能で、信頼性と使いやすさの両方を兼ね備えたアイディアでしょう。
また、招待した相手がガイドラインで違反すると、招待した人も罰せられるという連帯保証的ルールは、「クラブハウス」的なブランディングにも一役買うとともに、今後色々と起こってくる問題に対して、コミュニティが荒れないような抑止力を意図している点も、新しい発明で、よく練り込まれているなと思います。
さらに、(いまのところは)企業アカウントの利用は推奨されていないことは注目に値するでしょう。「クラブハウス」の名の通り、あくまで個人と個人をマッチし、コミュニケーションを促進するという強いメッセージがあるように見えますし、ビジネス臭を一気に持ち込んでしまう「企業」という存在の参加には慎重になっていると伺えます。少なくとも、いまのところガイドライン上は企業アカウントが推奨されていないことは、既存SNSに企業アカウントが持ち込まれたことで、どんな変化があったのかを綿密に考慮していたのだと思います。
5. 極限のワンタップアクション
「クラブハウス」のアプリを操作して、とても操作が気持ちいいと感じるのは、基本的にワンタップやワンスワイプであらゆる画面に遷移したり、アクションを取れることです。あらゆるアクションで徹底的に最短距離で目的の行動が行えるように執念のようなものさえ感じ取れます。
ワンタップでルームに入室でき、すぐに音が流れます。プッシュ通知も、タップしたら、すぐにルームに入れて音声が出力されます。スピーカーの招待を受けたら、すぐにマイクがオンになって話し出せます。
私が特にビックリしたのは「ルームへの招待」のUI&UXです。普通であれば「①人を選択して②招待完了」という流れで確認が入りそうなものですが、ここが「①人を選択した瞬間招待完了」とワンタップになっていることです。このおかげで誤タップを何度かやらかしたのですが、これもある意味、クラブハウスの醍醐味である「偶然性を生み出す」演出とも思えてくるから不思議です。ちなみに、人間は失敗するとすぐに慣れるもので、ワンタップで招待という大事なものが送られてしまうと理解してからは、招待するときの誤タップはほぼなくなりました。
ほかにも、個人とのプライベートルームを開くのもスワイプ→ワンタップで会話開始なので、あらゆるメッセンジャー系アプリの中で、最速で音声チャットができるように、遷移やアクション数が極限まで削られてることにも注目です。気づいたら他のメッセンジャー系アプリが駆逐されてもおかしくない、音声チャットアプリとしてだけ見ても超高性能なアプリだと思います。
6. 偶然性を生み出すフォロワーへのアクション連動プッシュ通知
これまでの既存SNSと比べて、「クラブハウス」は、プッシュ通知が多いと感じる人はたくさんいるのではないでしょうか。ただ、これだけのプッシュ通知が送られてきても、(おそらくほとんどの人が)あまりイヤな気分にならないような、とても丁寧な設計になっていることは見逃せない点です。
例えばよく見てみると、「クラブハウス」からのプッシュ通知は、決して無駄な場面で通知してくるわけではなく、強くあなたに見てほしい時で見逃してはもったいないという価値がある状況の時に、プッシュ通知になるように限定しているのです。
特に、「クラブハウス」でもっとも絶妙で巧妙な設計は、モデレーターが「オーディエンス」を「スピーカー」に招待した時にフォロワーに流れるプッシュ通知でしょう。これは、その場面に関係する人のそれぞれの視点で考えると、とてつもなく研ぎ澄まされた裏側のプロダクト思想が見えてきます。
あなたがモデレーターだとします。「オーディエンス」の中に、いま話しているテーマについて話せる人がいた時に、その人を「スピーカー」にあげることで、「ルーム」に新しい”コンテンツ”を増やすことができ、質が高まる可能性があります。また、あなたがモデレートしている「ルーム」に「新しいオーディエンス」を連れてきて、「ルーム」を成長させることができるメリットもあわせ持つのです。「オーディエンス」が「新たなスピーカー」となると、フォロワーにプッシュ通知が飛び、新しい「オーディエンス」を連れてきてくれるからです。
「新たなスピーカー」になった利用者のフォロワーから見ると、フォローしている人が話す瞬間に「クラブハウス」が「見逃さないで」と適切かつ正当な理由付きでプッシュ通知を飛ばしてくれるので、「価値あるプッシュ通知をありがという」とイヤな気持ちにならずに受け入れる可能性が高いのです。
このルームにおける、「モデレーター」と「スピーカー」と「オーディエンス」の3人の登場人物の明確なレイヤー分けと、レイヤー間の移動にともなうプッシュ通知の必然性を設計しきれたことが、「クラブハウス」における最大の発明だと考えます。天才すぎっ!
もちろん、通知する意味がないアクションについては、プッシュ通知は飛ばないようになっていますし、プッシュ通知の頻度は設定画面の目立つ位置で調整が可能なことも、プロダクトデザインにおけるバランス感覚を感じざるを得ません。
プッシュ通知はアプリに再誘導するための最高の武器だということを「クラブハウス」は重々認識しながら、「うっとおしい」を極力減らしつつ、通知数の最大化は狙っている点は非常に重要なマインドだと思います。同じようなサービスを企画したとしても、ユーザー体験をどう高めるかの中で、「プッシュ通知」を送りすぎるのは良くないと短絡的に考えがちな議論になって、ここまで頻度の高いプッシュ通知は諦めるケースが多いように感じます。そうした積極性を諦めるな、アイディア次第でプロダクト成功のためのプッシュ通知はもっと送れるはずだと、「クラブハウス」はいい意味で後押してくれている気もします。
7. 創業者は40代のシリアルアントレプレナーかつスタンフォード卒&MBAのエリート
クラブハウス創業者(CEO)のPaul Davidsonは、次世代型のグローバルSNSを立ち上げると有力視されていた10代や20代の起業家とは異なる40代のシリアルアントレプレナーでした。
スタンフォード卒で在学中にGoogleインターン経験。スタンフォードでMBAもとり、就職した会社がGoogleに買収されます。北米有力VCのBenchmark Capitalで働きながら、ソーシャル共有サービス「Highlight」を創業。Pinterestに買収されサービスは終了します。その後Pinterestでプロダクトマネジメントを経験し、クラブハウスの前身である「Talkshow」を共同創業者のRohanと創業しました。
経歴からは途中途中で二転三転の苦労はありつつも、エリート中のエリートといえ、スタートアップ経験も豊富で、プロダクトにも精通し、シリコンバレーのVCエコシステムの中にどっぷり入り込んでいるという印象です。
40代でこれまでの経験をすべてつぎ込んでグローバルSNSの成功に向かっている姿は、なんだか熱いものがこみ上げてきます。
ただ、経歴からも分かる通り、重要なのは、20代、30代で、それぞれ挑戦と一定の結果を残してきている点です。常に信用を勝ち得て挑戦を続けていたからこその、いまがあるのだと推察します。
8. 有力VCからの早期の1億ドル調達
グローバルSNSの立ち上がり時は、開発費用や膨大なサーバー代をはじめとする大きな赤字を掘る、キャッシュフローは「Jカーブ」をたどるのが定番かつ王道です。一にも二にも、利用者の獲得です。マネタイズはあと回しにして、なによりもスピーディに利用者獲得に努めて、競合を蹴落としていく必要があります。
そのため、大型の資金調達も成功のための必須要素といえるでしょう。もし、赤字を気にしてマネタイズモデルを作ってからなどと悠長なことを言っていたら、Twitterが繰り出してきている音声機能「Spaces」にあっというまに追い抜かれ、勝負に負けてしまいます。
「崖から飛び降りながら、飛行機を組み立てるようなもの」──LinkedInの創業者リード・ホフマンのこの言葉が、まさにいま「クラブハウス」の状況を端的に示していると思います。大型の調達に成功したものの、マネタイズモデルを確立するまでは、毎月キャッシュフローは大きく赤字で、利用者獲得と同時にマネタイズという飛行機を組み立てて、墜落する前に上昇する必要があるのです。
ただ、ここでもシリコンバレーの巨大なエコシステムが築けているので、何度も調達のチャンスはあり、未上場でも1,000億円を超えるような超大型の資金調達もおそらく可能で、マネタイズを急ぐより、よりプロダクトを磨き、GAFAにどう立ち向かっていくかという選択肢が、これまでよりも少し長い期間保てる可能性があるとにらんでいます。
いずれにしても、シリコンバレーのファイナンスのエコシステムを最大限活用した調達を、1年も経たずに早々に獲得できたのは、「クラブハウスが成功」するための第一歩だと思われます。
9. ネクストGAFA、対GAFAというマッチョな思考
まだ1セントも稼いでいないプロダクトが、1億ドルもの調達ができた理由は、「壮大なビジョン」以外に理由はありません。日本で「壮大なビジョン語り」をすると、まずは国内からとか、マネタイズしながらじっくりとなんて思考になりがちですが、そんな心を奮い立たせてくれるような新たな成功例として「クラブハウス」は、大いなる可能性を示してくれています。
「壮大なビジョン」の根底にあるのは、ネクストGAFAになるんだというマッチョな思考でしょう。インターネット上の世界では「勝負が決まった」ということはまったくなく、あらゆる状況でもあらゆる可能性があるのが、インターネットの世界なんだということを、改めて認識させられます。
これだけ短期間に(未上場ながら)バリュエーションが高まったのは、次のGAFAが「クラブハウス」であると見なされたからでしょう。まさに「クラブハウス」は、最初からグローバルSNSを狙うという明確かつ大きなビジョンを持つことで、ビジョンから逆算的に考えられたプロダクトの設計や広め方まで、すべて戦略的に行われていると感じます。
Facebookがそうだったように、Twitterがそうだったように、グローバルSNSが将来的にもたらす投資リターンは莫大なものです。投資家やVCにとっても、暗中模索だった当時よりもより解像度高く、成功率やリターンは精緻にシミュレーションできていることでしょう。ここでも、GAFAがもたらした、過去の成功例という「高速道路」を、「クラブハウス」は颯爽と駆け抜けているのです。
ちなみに、「クラブハウス」はこのまま順調にいくと、GoogleやTwitterに対して、大きなアドバンテージを持つことになるはずです。
「SNSx音声」は、インターネット上の石油である「データ」としてぽっかり空いていたのです。iPhoneアプリ内の音声データは、Googleはどうあがいてもクロールできないことで、また一段とGoogle検索の優位性が崩れてしまいます。しかも、より有用な価値あるデータは「クラブハウス」の会話に生まれることが確実です。Google検索より「クラブハウス」で会話したほうが、すぐに物事が解決するとしたら。Google検索で文字を打つより「クラブハウス」で声で質問したら、もっと楽なはず。かつて、Twitterの台頭によって、リアルタイムな情報を得られなくなってしまったGoogleが、また「SNSx音声」の世界でも同じ歴史を繰り返すのかもしれません。
iPhoneアプリからはじめた「音声データ」が、Googleに対する大きな武器となり、「音声データ」をもとにしたマネタイズを果たす独占的存在として、「クラブハウス」がネクストGAFAとしてみなされているのだと思います。
10. 創業者と利用者とのコミュニケーションの透明性
意外と知られていないかもしれないのが、「クラブハウス」の創業者が米国時間の毎週日曜日に「タウンホール・ミーティング」として、利用者と創業者が直接コミュニケーションを取っていく場を用意していることです。
Googleでいう「TGIF」、毎週開催される全員参加ミーティングを利用者に拡大したようなイメージで、シャオミでも行われている開発者コミュニティとの毎週の対話を利用者に拡大したものといえます。
「タウンホール・ミーティング」では、「なぜこうした機能があるのか」「今後どうしていくのか」など、利用者の質問に対して創業者たちが、あらゆる質問に率直に答えていくのです。これは創業者に相当な覚悟がないとできないことですが、まさに「クラブハウス」のサービスコンセプトにならって、利用者との直接のコミュニケーションを体現する、もっともブランドを象徴する素晴らしいアクションだと思います。ここで利用者はなんでも質問することができ、そうした質問から利用者が何を求めているかという直接のフィードバックが返ってくるのと同時に、(もっとも熱狂的な)利用者へ、創業者たちが何を考えているかを齟齬なく伝える貴重な機会となっているのです。
11. メリットが大きいiPhoneアプリ限定の強いポリシー
プロダクトを何度も作ってきた身からすると、「クラブハウス」がiPhoneアプリだけに限定してサービスを拡大させていく理由は、とてもとても理解できます。
その理由をひとことでいえば、経営資源(=ヒト・モノ・カネ)を1点にフォーカスできる、この点に尽きると思います。また、InstagramがFacebookに買収されるまでiPhoneアプリだけだった過去の成功パターンを踏襲しているようにも見え、先に書いたとおり、対Google観点でもGoogle陣営のAndroidアプリに対しては、充分に大きくなってからアプリ掲載について有利な交渉をしていくものと思われます。
iPhoneアプリに限定することで、ユーザー属性も安定することもメリットのひとつでしょう。日本はかなり特殊ですが、世界各国では一定以上の所得層に絞り込まれるため、より安定的なコミュニティ運営が行え、カスタマーサポートなどの業務コストも最小化できるメリットもあります。
開発面でも圧倒的なメリットがあります。Androidは端末のスペックや画面サイズが散らばりすぎていて、理想的なプロダクトの開発を同時進行していくのは困難と思われます。また、デバイスごとのマイクも品質的な優劣が大きいため、「クラブハウス」が大切にしている「音質を担保する」ことを困難にさせます。さらに、まだ初期フェーズのプロダクトで、今後大きな変更があった場合、Androidに同時展開していた場合、その変更コストが膨大になることがリスクとして見えるためです。iPhoneでプロダクトの完成形を見つけてからでも、まったく遅くないのです。
次第に追いついてきているとはいえ、引き続きiPhoneでは、アプリの動作や操作は総じてAndroidと比べて良い体験を提供できます。「クラブハウス」は徹底的に操作性にこだわっているアプリだけに、この高品質の体験の維持するためにも、かんたんにはAndroidも開発するといった選択はとらないことでしょう。
グローバルSNSには必須のシンプルなUIデザインは、iPhoneアプリ限定にすることで、より最高のUXをもたらすのです。
12. 最善の外部サービス選定とリッチな音声体験への覚悟
「クラブハウス」では、音声のやり取り部分は、実は外部の「Agora」というサービスを利用しています。肝である音声体験を外部サービスを利用している点は、やや気になるところではありますが、ここは将来的に自前で用意する選択肢を残したまま、初期はアプリのプロダクトやコミュニティ設計に力を入れることで、「音声技術」部分はアウトソースした形となります。ただ、そのサービスの選定には、強いこだわりを感じます。
詳しい技術的な話は省略しますが、ざっくりいえば、会話をする「モデレーター」「スピーカー」にはリッチな音声体験ができるようにコストを惜しまず、音を聴くだけの「オーディエンス」には、最小限のコストで最高の体験ができるように区別していることが分かっています。
「クラブハウス」が、他の音声チャットやビデオ会議サービスと比べても会話がしやすいのは、音声の遅延を減らすことに徹底的にこだり、「音声体験への全振り」をしているからなのです。その代わり、会話をする「モデレーター」「スピーカー」へのコストは、他のサービスと比べてもかなり高いレベルで負担することになりますが、「音声SNS」の競争における優位性のど真ん中にある「音声体験」は、コスト面を見ても、絶対に崩さないという鉄の意志を感じます。
また、当然のことのようですが、「音声」を外部に任せる場合にTwillioのような定番サービスがある中、あえて「Agora」を選択し、品質を妥協しないという選定力も、驚嘆すべきことと思います。
13. 著名人・タレントのSNS慣れとピラミッド頂点からの浸透
インターネットで新しいサービスが流行るとき、インフルエンサーを頂点とするピラミッドのような図で、上から下の広い層へ浸透していくことは、よく知られていることかと思います。このピラミッドは下から上にはなかなか浸透していかないこともあり、最初に倒すべきボーリングのセンターピンは、必ず「ピラミッドの頂点」を狙うことが重要です。
そのピラミッドは、
1. 米国セレブ/著名人(含むシリコンバレーのトップ投資家)
2. 米国インフルエンサー
3. 米国ファン
となっていて、「クラブハウス」は、創業者のシリコンバレーでの活躍と、a16zと呼ばれる米国トップVCに見初められたことで、米国セレブ/著名人に真っ先にリーチすることができました。そのあとは、プロダクトの力で、宣伝費なしのノンプロモーションでも上から下へと浸透していきます。
こうなると、日本での浸透は一気に楽になります。米国で流行しているものにめっぽう弱いのが私たち日本人で、中でもSNSに積極的な著名人/有名人にもこぞって使われたことで、フォロワーとテキストではなく音声での会話や、いままで表に出てこなかった著名人/有名人同士のプライベートの「友だちとの会話」を楽しむという未知の体験を求めて、ファンが一斉に使い出します。
ここに、限定招待制で中になかなか入れないという飢餓感が加わって、既存SNSが体よく拡散装置として使われたのです。北米発に弱い日本人と、Instagramを超える「誰もが受け入れられるオシャレ感」も、この拡散の摩擦係数の最小化にプラスに働いたことでしょう。
14. コロナ禍による声のやりとり飢餓感
「クラブハウス」が提供してくれる音声による会話は、コロナ禍によってステイホームを余儀なくされた世界中の人々にとって、失われたこの1年分の「声によるコミュニケーションの飢餓感」があるジャストなタイミングであったことも、記しておいたほうがいいでしょう。リモートワークになったことで、仲間との雑談をはじめ、ランチ会や飲み会など極端に「会話」が減った人々が大勢いる中に、ある意味救世主のように現れた「クラブハウス」は、人間がもともと欲していた「人と話したい」という根源的な欲求を解き放つ最高の場所となったのです。
「クラブハウス」の利用がスムーズに見えるのは、利用者側のオンライン通話の慣れも、大きな要因のように思います。日本ではLINEによる音声通話は、スマホ利用者のほとんど全員が体験していることでしょう。
コロナ禍でさらに、ビデオ会議ソフトなどの利用を余儀なくされたことも、「クラブハウス」には追い風だった可能性があります。ビデオ会議ソフトの場合、どうしても映像を映す選択肢があるので、気軽にリモート飲み会などといっても、常に画面を見ながら、自分の見た目を気にしたり、視線が気になって、普段の対面の飲み会よりも疲れるという声が多く出ています。その点「クラブハウス」はビデオがオンにならないという安心感があって、すっぴんでも、寝転がりながらでも、プライベートな情報は「声」だけという心理的安全性があるアプリであった点も奏功したのだと考えます。
15. リアルタイム&ノー・アーカイブという意思決定、そしてアプリを磨き続ける
「クラブハウス」の最大の武器であり、弱点といわれているのが「リアルタイム&ノー・アーカイブ」でしょう。もし、短絡的に音声版Twitterを目指した場合、「音声」をつぶやいたものを「アーカイブ」して、非同期でコミュニケーションを楽しむ、といったサービスになったと思います。
なぜ「クラブハウス」はリアルタイムで、ノー・アーカイブになったのでしょうか。私は、「友だちとのリアルタイムな会話」が、人として最高のコンテンツとして信じたからなのではと考えます。
グローバルSNSにおいて、人を集める「コンテンツ」は、利用者による「投稿」です。「クラブハウス」にとっては、「ルーム」の中で行われる「リアルタイムな会話」こそが、「コンテンツ」なのです。ライブコンサートを思い浮かべるとわかりやすいかもしれませんが、その「コンテンツ」の価値が最大化されるのは、リアルタイムであり、繰り返し訪れないその瞬間の体験です。自分と価値観がそろう友だちや仲間たちとの「会話」は、TwitterでもInstagramでも実現できなかった、最高の体験を生み出すと考えられるのです。
アーカイブがないからこそ、いまこの瞬間に集中する必要があり、「コンテンツ」がより魅力的に映るのです。ビジネス的に考えても、アーカイブは有料課金したら保存できる機能などをつければ、あとからどうにでもできる、と考えている可能性もあります。
そう考えると、アプリはその最高のコンテンツをスムーズに投稿してもらうための心地良いプロダクトであれば良いだけです。この段階において、プロダクトを磨く以外の余計なプロモーションやマーケティングは不要で、あくまで「最高のコンテンツ=リアルタイムな会話」に任せるという発想が出てくるのです。
以上、15の考察をまとめてみました。
ここからは、私たちは、どうしたら次の「クラブハウス」をスタートアップできるのか、という視点で、反省と考察を続けてみたいと思います。まとめると以下のようなことになるでしょうか。
・既存『高速道路』の活用は積極的にしよう
・最新のソーシャルグラフの構築(強い人間関係を示す電話番号がベスト ※特に北米は車社会で音声会話重視、日本よりも電話の利用頻度高い)
・限定招待制は有効、アクティビティに応じた人数のインセンティブも
・タイムライン&フォロー機能はマスト
・コミュニティのガイドラインは成功のための重要要素
・コミュニティが荒れないための仕組みはなにか、を徹底的に洗い出し、機能実装する(例:紹介者連帯保証など)
・快適な動作とワンタップアクションは最終的にプロダクトの競争力になるりうる。メッセンジャー機能を兼ねた時に、ワンタップの差が命取りとなる
・意味あるアクション連動のプッシュ通知を考え抜く
・登場人物のレイヤー分けなど、それぞれのメリットをシミュレーションする
・いまから20代でスタンフォード卒&MBAのエリートに過去を変えることがはできないが、その時々の仕事上では信用を勝ち得て挑戦を続ける
・1億ドルであれば、シリコンバレーに限らず、日本のエコノミーからの調達も可能になってくる可能性はあるが、初期のピラミッドの頂点の米国セレブのプロモーションが勝ち取れないとすると、どうしてもシリコンバレーの投資家からスタートにする必要がある(?)
・GAFA対抗のグローバルサービスを指向すること。ネクストGAFAとなるためには、何らかの「Googleに検索できないデータ」を持つ必要がある(※アーカイブは必ずしも必要ない)
・毎週コア利用者との透明性のあるコミュニケーションを行う
・最高の体験を行うために最適なデバイスに絞り(2021年だとiPhone)経営資源をフォーカスさせる(プッシュ通知や操作性を考えると、モバイルWebが最適解ではない)
・サービスの肝になるテクノロジーに妥協はしない(※初期は外部サービスを利用していい)
・グローバルSNSなら、米国発からの日本進出の流れが最強
・ソーシャルグラフの寿命や世界情勢によるタイミングを味方につける
・最高の体験を生み出すコンテンツとはなにか、徹底的に考え抜き、そのコンテンツがいかにスムーズに投稿されるかプロダクトを磨き続ける
長文ご覧いただきありがとうございます。もしこの記事をご覧になって感じるところがありましたら、ぜひ「クラブハウス」の仲間と会話してみてください。また、私とお話ししたい場合には、「パジ」や「Hajime Ataka」で検索してみてください。
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