翔べ!大谷!
大谷翔平のプロ初勝利の日、私は札幌ドームの三塁側B席から彼を眺めていた。
当時付き合っていた現在の夫と、地元チームのファイターズ戦に行ったのだ。
まだ大谷翔平にはさほど注目しておらず、私の目当ては「ドアラ」。
対戦相手の中日ドラゴンズのマスコットキャラだった。
もう10年近く前なので、当時のプレーはよく覚えていない。
ただ、ヒーローインタビューに応答した大谷翔平が真っ直ぐにカメラへ向けた眼差しに、夫に抱いたのとは異なる胸の高鳴りを覚えた。
ああ、この子は本物だ。
人として絶対的に信頼できる顔つきをしていた。
以来、私にとって大谷翔平は「翔平」として、あらゆる野球選手のなかで最も心躍る存在となった。
彼がファイターズに在籍している間、登板試合を何度も観に行った。
着ていくユニフォームはもちろん、当時の背番号11。
試合前にグラウンドでキャッチボールをする長身は遠目に見てもすぐ分かった。
クライマックスシリーズでコントロールが乱れ降板しても、チームが大敗しても、彼のプレーが観られただけで価値があった。
夫だけでなく友だちとも観戦に行った。
彼女は私よりファイターズ歴が長く、金子誠さんのファンで引退試合に付き添ったこともあった。
大谷翔平がいるファイターズが好きだった。
◇
応援歌も一通りの選手の分はそらで歌えた。
友だちと一度だけレフトスタンドに応援に行った年、チームはシーズン終盤を迎え最下位だった。
「俺たちは! ファイターズの! 勝ち試合が観たいんだ!」
痛切な叫びに反して、応援歌を口ずさむファンの声は覇気がなく、声が大きくない私の歌い出しが先に目立つほどだった。
あんなに夢中で声を飛ばしたのに、コロナ禍で一切の応援が自粛され、応援歌のことなどすっかり忘れてしまっていた。
しかし、オリックスとの強化試合をアマプラで観ていたときだった。
大谷翔平の打席で、ふいにトランペットの音色が耳をついた。
阪神との試合では力技のホームランで気づかなかった。
ファイターズ時代の彼の応援歌だった。
気づけば、一際トランペットが高く鳴り響く「跳べ!大谷!」のフレーズをテレビの前で口ずさんでいた。
白井コーチとのじゃれ合いよりも、劇的なホームランよりも、高らかに反響する応援歌が、ようやく「また日本の大谷翔平を応援できる」実感をもたらしてくれた。
◇
もはや「翔平」などと馴れ馴れしく呼ぶにはおそれ多い存在になってしまった。
オリックス戦でホームランを打ったヤクルトの村上選手の頭をポンポンと叩く姿に、野球選手としてだけでなく、彼が人間として一回りも二回りも大きくなったのだとこみ上げるものがあった。
大谷翔平の夢はメジャーリーグでの台頭、WBC出場や優勝にはとどまらないだろう。
彼の思い描く夢は常にきっと、スイングの先、渾身の一球の先にある。
あえて彼の名前を借りて、今一度叫びたい。
翔べ!大谷!
あなたの見る夢を、みんな一緒に見たいのだ。
※ヘッダー画像はみんなのフォトギャラリーからお借りしました。ありがとうございます。
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