映画レビュー(49)「X エックス」


新感覚ホラー

 1979年、ポルノ映画の撮影のために借りた農家のオーナーは、謹厳なプロテスタントの老夫婦だった。
 ことのほかセックスや貞操感の希薄な三組のカップルの体験する恐怖の一夜。怪しげな高齢カップルに秘められた謎に総毛立つ思い。
 この70年代末の時代感が、小道具や衣装やセリフなどに実に良く描かれていて感心した。同じ時代を舞台にしたタランティーノの「レザボア・ドッグス」を思い出したぐらい。

殺人の動機は老いの焦り

 老婆の焦りは、強い貞操観でがんじがらめの田舎で年老いた自分の人生への悔いなのだろうと察せられる。ポルノを撮影に来た貞操観とは無縁の若者連中より、この歪んだ老夫婦の方が異常に見えるのが皮肉である。実際の社会でもそうではないか?
 エロを糾弾する清く正しい連中の心に秘めた性欲の歪具合は、「ええ? 君たち、こんなものに劣情抱くの?」という意外性で明らかだ。

制作は「ミッドサマー」のA24


 現代ホラーの「本当に怖いのは人間の心の闇」という潮流を、ズバリと描き切った傑作だった。
 1979年という時代はポルノ映画全盛期で、浪人中だった私も、名古屋市千種区の予備校近く「今池地下劇場」で毎週のように洋ピン(洋画ピンク映画の略)を観ていて、エロスもさることながら、時々ハッとするようなギャグやセンスも観られたのだった。作中の撮影風景でそれをまざまざと思い出した。
 今でも記憶に残っている作品は、歌うポルノ女優と呼ばれたレナ・ボンドの作品で、作中にビートルズの「HELP」のパロディが出てきて、その出来の良さに驚いたものだった。
 あのアカデミー賞を獲った「ブギーナイツ」(1997年)が描いている時代である。
 この時代に興味を持たれた方に、お勧めしておく。
「X エックス」

「ブギーナイツ」

(追記)
当時のアメリカでは、映画を撮りたいが金もコネもないという連中がポルノの制作に走った感がある。折しもヒッピームーブメントとフリーセックスの時代なのだ。同時期、日本でもピンク映画から若い才能が次々と現れた時代でもある。妙にノスタルジーをかきたてる作品だった。

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