ブックガイド(80)「雨月物語(岩井志麻子)」


ホラーの鬼才が描く、上田秋成の「雨月物語」の世界。

幽玄の世界

 物語は「雨月物語」が基になっているのだが。全編、モノローグ(独白)で語られる。その語り手は人であったり妖であったり死者であったり様々だが、「女」であることが共通している。それ故なのか、能のような幽玄を感じさせる。

上品な語り口

 女性特有の和らかな語りが、淫美な愛欲や、呪いにつながるような嫉妬などの話を淡々と伝えて、決して下品にならない。当然、恐怖を煽ることもない。
 道徳的な上から目線で断罪するのではなく、「人とは、そういうもんだよな」「ああ、哀れだなあ」という具合に悲しみに寄り添っている感がある。
 この作品では原典の男(上田秋成)が語る説話を通して「女」の性が背負う「業」を女の目で描いているのだ。

しみじみとした読後感

 読後感は、「怖い」とか「恐ろしい」ではなく、人や人生に対する哀切さに気づかされる。
 だが、それはダメな人間、弱い人間に対して、「だから人間はダメなのだ」という絶望や断罪ではない。
 そのダメさや弱さを、そんなものだと認めている。この「弱さ」の断罪や告発や絶望ではなく、容認こそがこの作品の深さなのだと思う。

 弱さを責めずに容認する、重要なことではないだろうか。

(追記 2023/12/22)
歳をとると、他人に対して少し優しくなってくる。若くて、弱い人間やダメな人間の姿に、若いころの自分の後姿を見つけてしまうからだ。若いころの自分も知らずに許され助けられていたのだろうと気づく。そうした若いころの恩返しを、今現在の若い連中にしてやるのだ。それも気づかれないように。
それが人間であり、人生なのだと思う。悪くないじゃないか。

「雨月物語(岩井志麻子)」

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