映画レビュー(39)「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」

テレビアニメ「墓場鬼太郎」(2008)の前日譚となる物語。貸本版の「墓場の鬼太郎」ともクロスする。

背景の美しさに絶句

 まず驚かされたのが背景の素晴らしさ。画力で定評のある水木作品の名に恥じない。特に主人公・水木が訪れた閉ざされた哭倉村の情景の中を進むシーンで、我々観客は物語に深く深く捕らわれていく。その絵の力の強さよ。

因習と血縁の呪い

「犬神家の一族」などでおなじみの設定だが、これが旧来からの日本社会の「同調圧力」や貧富が生み出す階層などの暗喩として使われている。
鬼太郎の父となるゲゲ郎(通称)と水木の一種のバディが龍賀製薬と哭倉村の秘密に迫る。
 当初、反発していた水木が徐々にゲゲ郎に打ち解けていくのはバディもの定番だ。

作者の分身・水木というキャラ

 彼は戦時中、南方で従軍し文字通り地獄を体験している。世間に対して斜に構え、思いを寄せてくれる娘も謎を解くために利用するぐらいドライなキャラだ。
 だが、謎を解いてきたクライマックスで、彼は富や欲望の象徴となる狂骨の「呪」の象徴を木っ端みじんに打ち砕く。

 実際の作家・水木しげるは、世俗のこだわりを捨てた仙人のような印象があるが、何より素晴らしいのは、そんな自分自身をも冷静に見つめて含羞を感じているかのように見えたこと。

 斜に構えたニヒルだった水木が、涙を流して呪を打ち砕いたあのシーン、私には作家・水木しげるの誕生を暗喩しているのだろうかと思えた。
 ニヒルな諦めをやめ、未来に絶望しないぞ、という無言の誓い。ゲゲ郎の気持ちを水木は受け取る

そして感動のエンドロール

 貸本時代の「墓場鬼太郎」の原画が流れる。アニメにおける主人公の水木は「当時の水木しげるの絵」のままだった事に驚いた。
 ラストシーン、墓に葬むった母から生まれた異形の赤子(鬼太郎)を抱き上げた水木。
 人ならぬ存在故に生じた一瞬の迷いの後、その迷いを捨て赤子をしっかりと抱擁するシーンで「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」のタイトルが出る。
 私は思わず、うるっときた。
 この抱擁により、この物語は鬼太郎の誕生だけでなく、作家・水木しげるの誕生(または再生)の物語でもあるのだ、と気づかされたからだ。
 そして、この「鬼太郎」というキャラとその世界が、何回も何回もリメイクされ再生されるほどの強度と普遍性を備えていることに改めて胸打たれたのだ。
 俺に、このような物語世界が作れるだろうか。いや作りたい。
 見終わった私は、この作品に、小説を書き続ける力、生きていく力をもらえたのかもしれない

追記)
本年2023年は、「平家物語」「犬王」「進撃の巨人」と来て年末にこの作品。
65歳の私にとっても面白く深い作品が多かった。優れた才能は、文学や小説やマンガからアニメに移っているのかもしれない。文学や小説に向かっていた才能が次々とマンガやゲームに集中していった8~90年代を思い出している。

この記事が参加している募集

#アニメ感想文

12,797件

#映画感想文

68,192件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?