小説【再会】 再会#1

もうここもこれで最後だ。
秋も深まり、山もそろそろ閉山することになる。
売店にもお客さんが少なくなって、
秋を楽しむ初老の夫婦が多い。

今日は最終日。
食品は最後の最後に業者さんが引き取りに来る。
その他もパッケージにして引き取りを待っている。
店の外に防雪用のトタンを打ち付けて、お終いだ。

「かんぱーい!!」
「今日は最後だからなー。無礼講で飲んでくれ!」
「はい!!!」

社長の勢いのある挨拶で宴はスタートした。
社長始め、社員さんやバイトも全員いる。
寮の広間で飲むのは始めてだけど、
全員の顔は明るくて開放感でいっぱいだ。

やっさんは隣で静かににこやかに飲んでいる。
大人の余裕だろう。

「やっさん、これからどうするんですか?」
「おお、町に降りたらしたいことがあるからよ。ま、休んでからね。」
「なんすか?”やりたいこと”って。」
「”山屋”が集まるような飲み屋。」
「へぇ~。それで資金稼ぎですか?」
「そうそう。ここなら金使わないで、ためられるだろ?」
「オープンしたら連絡下さいよ。行きますよ、俺。」
「おお。必ず連絡するからな。俺もお前の所に行くよ。」

”山屋”とは山が大好きで大好きでたまらない
登山家やアルピニストを言う。
彼らや彼女らは町にいてもネットワークでつながっている。
普段は普通に会社に勤めているが、
休みとなればとにかく山を目指す。

そんなネットワークはたいがい大学の山岳部やそのOB・OG、
登山の専門ショップで拡がっている。
一緒に飲める場があればこれはいいお客さんになるだろう。

宴は盛り上がってきた。
社長も今年の売り上げがよかったことで
上機嫌だ。
金一封を全員に配って歩いている。

「健太ー!!はい。ご苦労様。」
「ありがとうっす!!ごっちゃんです!!」
「シーズン通して、頑張ってくれたな。」
「はい!」
「来年も来てくれよ!頼んだぞ!!」
「いや・・・それは・・・。」
「じゃ、金一封なしな(笑)」
「いやいや・・・・!!それは・・・・!!」
「社長、若者いじめちゃだめですよー。まったく・・・。」
「やすぅ~!お前も”若者”だろうが~!!(笑)」
「飲み過ぎ。社長(笑)」

そうして一時を過ごした仲間達はそれぞれの道と町に
散り散りになっていった。

「健太がお世話になっちゃって・・・・。」
「いえいえ。とんでもないです。彼はいい働きでしたよ。
社長も上機嫌で”来年も・・・”って。」
「そうだなこんな親不孝者、一生山に・・・(笑)」
「やっさん、勘弁してよ~(笑)オヤジも一生・・って、どういうことよ。」

町に降りてきて一ヶ月。
約束通りやっさんが来てくれた。
うちが食堂をやってると知り、
”勉強になることがあるはず”と。

そろそろ町の風も冷たくなってきた。

「美味い!この角煮、本当に美味いッス!!!」
「ありがとうねぇ。これはうちの”秘伝”なんだけどあなたになら教えるわよ。」
「本当ですかぁ?これはいい。お酒のあてにもいいしご飯を食べてもいいし。
何か”売り”になるもの探していたんです。是非、教えて下さい!!」
と、急に立ち上がって深く一礼した。

「君ならいいぞ。うちで出来るならなんでも言ってくれよ。
店をやるにも色々あるしな。」
「本当ですか!助かります!!」
「それとどうやってアレンジしてもいいから。教えたらそのまま・・なんて、
たいそうな店じゃないからな。うちは。」
「いやいや、それは・・・(笑)」
「暇なときにまた来いよ。角煮はいい肉から・・だから。仕入れ先も教えてやるから。」
「そこまで・・・・。本当にすいません。」
「健太が世話になったからな。”一宿一飯の恩義”って言うだろ?」
「お父さん、それはちょっと・・・・・(笑)」

やっさんは感激しながらうちのメニューをしげしげと眺めている。
うちは船乗りのコックだったオヤジが始めた店なので
色んなメニューがある。

親父はお袋に出会って”陸に上がる!”と言って突然会社を辞めてきたそうな。
まだ、付き合ってもいなかったのに。
料理の腕は当時の上司がホテル上がりだったことで
ずいぶん鍛えられたそうだ。

次の日に朝早くに店の前に直立不動で立つ
やっさんにびっくりして飛び起きたのだった。
この人、まじかよ・・・・(笑)
知らないやっさんの一面を見て、正直目が覚めた。
自宅は店の道路向かいだったからだ。

「やっさん・・・その頭・・・。」
「健太、おはよう。これか?修行は坊主からだろ。」
「形から入るんっすね。やっさん(笑)」
「気持ちと言え。気持ちと。」

そうしてうちの店に修行にきたやっさんの新たなスタートが
目の前で切られていったのであった。
僕は相変わらずうだうだしてたけど、
なんか目が覚まされた気がした。
とにかく出来る事をしよう。

そんな小さな”ドラマ”があったそばで
大きな”ドラマ”が動き出そうとしていた。


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