小説【再会】 リゾート #1

今、僕は長野にいる。
夏のリゾート地にある売店のにーちゃんになった。

あれから2年。
彼女が出来る訳でも無く、
かと言って出会いがあるわけでもなく。

実家の店は順調にいっている。
僕が無理矢理、帰らなくても大丈夫そうだ。
いつかは帰って定食屋のオヤジになると思う。
最近、そんなことをぼんやり思ってもみる。
でも、もう少し”社会勉強”させてもらおう。

真梨香のいる”ファッションヘルス マリリン”には
あれから一度だけ行ってみた。
それも一年ぐらい過ぎてからの頃だ。

相変わらずモニターに見える女の子は指名待ちで
ぐったりしている。
覇気なんてないけれど、可愛い子はそれだけ目立つ。
さて・・・・・。

結果的には真梨香はいなかった。
ポラは出されなかったけれど、店の大きいパネルに名前が無かったのだ。
店員に聞いてみると「すぐ、やめちゃったんですよねぇ・・・。」と
つれない返事。
様子を見るにどうも本当に辞めてしまったようだ。
ちょっとホッとした自分に苦笑いしていた。

女の子の入れ替わりなんて激しいから・・・と
続けた店員にほっとしているのを
ばれないようにして他の女の子と
遊ばせて貰った。

歌舞伎町に吹く風が背中に少しだけ冷たかった。

ホテルでの日々は毎日の忙しさにかまけていた。
何が出来るのか、何が出来ないのか、
自分ではまったく判らない。

職場では後輩も出来てきた。
きっとこのままいけば出世はするのだろう。
少しずつでも給料は上がるが、微々たるモノだ。

中途半端な自分に戸惑い、いわれのない不安を
抱えながら悶々として毎日を過ごしていた。

新聞を買おうと立ち寄った駅のスタンドでふと目に
止まった求人誌。
アルバイトの募集が大々的に載っていた。
なんでこんな雑誌、買ったのだろう。

”リゾート特集!夏のバイトは今から!!”と
銘打ったその雑誌には知らない世界が
安っぽく紹介されていた。
給料なんてどうでもいい。
今の自分から逃げたくて、環境が変われば何かがあるはず・・
と、思い込んでいた。

自分に疲れていたのだろう。
翌日にはその雑誌に載っている
「辞表の書き方」を参考にしてせっせと空欄を埋めていた。
街角のフォトスタンドにも行って、証明写真も撮った。
もちろんバイト先に応募する為に。

「健太、ちょっといいか。」

課長の亀さんだ。
亀山さんはこのホテル一筋でやってきているベテランだ。
同期は系列の支配人になったり別のホテルに行ってキャリアを
積んでいるらしい。

亀さんは若くして結婚したので、”転職”しようにも
出来なかったらしい。
本人はどう思っているかは知らないけれど。

「この後、時間取れるか?ちょっと飲みながら話そう。」
「はい。お願いします・・・・・。」

内心はやっぱりどきどきしていた。
この人がいなかったらとっくのとうに辞めていただろう。
失敗したら鬼のように怖いけれど、
”いわれのない”しかり方は一切しなかった。

テレビや雑誌の「理想の上司」に有名人が
ランク付けをされてるけれど、
もしいいのなら「亀さん」って書きたいくらいだ。
ランクの上位の有名人がうちのホテルで
傍若無人な振る舞いをしているのを多々知っているからだ。

「健太、聞いたぞ。お前、辞表を出したってな。」
「・・・・はい。すいません。」
「もう、引き留めても無駄だろ。どこで何するかしらんけど頑張れよ。」
「え・・・・・・。はい。」
「そんなしょげた顔、すんじゃねぇよ。まだ、辞表は受理されてないからな。」
「そうなんですか??」
「おお。俺のところで止まってる。お前の気持ちを聞いてから・・・ってな。」

猛烈に引き留められるのかと思い、
少し拍子抜けしたがこれはこれで嬉しかった。
亀さんなりの優しさ・・・と思っておこう。

「で、どうすんだよ。」
「長野のリゾートでバイトしようかと・・・・・。」
「ホテルマンか。」
「いや・・・・・・売店のにーちゃんです・・・。」
「はぁ?なんだよそれ。・・・ま、いいか。」
「すいません・・・・。」
「謝ることないって。まだ、若いんだしどこに行ってもお前なら大丈夫だよ。
でも、しっかいやれよ。どこで誰が見てるかわからんぞ。」
「そうっすね。ありがとうございます。」
「羨ましいな・・・・。ま、飲めよ。」
「いただきます。・・・ふぅ~・・・。」

「何か注文しておけよ。今日は遅くなるってカミさんには言ってあるから。」
「ごちになります!」
「急に元気になりやがって。割り勘だよ、バカ(笑)
家庭持ちをいじめるんじゃない。」
「おす。」

その晩は聞いたことのない亀さんの話をいっぱい聞けた。
今よりずっとステータスの低かったホテルマンになった時に
勘当されかかったこと。

奥様とはホテルの配膳会でバイトしているときに出会ったこと。
子供の写真も見せてもらった。

そして、何よりステータスを上げるために他のホテルに
行きたかったこと。

ホテルマンは一般的に転職の多い職業だ。
他所のホテルからホテルに渡り歩くほど
ステータスが上がっていく。
もちろん、それ相応のホテルでないといけないのだが。
亀さんは安定を選んだが為にその”ステータス”を
あげることを出来なかったのだ。

もちろん、長く務めればそれだけ給料も上がる。
他のホテルからの引き抜きもある。
お客様の評判だっていい。
長く務める・・・・というのは、他のホテルの経営者から見れば
「安心して任せられる」ということになる。
ステータスだけ上げればいい・・・と、流転を重ねる奴も多いのだ。

ゼネラルマネージャーで・・・と、実際に話もあったそうで
その金額にぐらっと来た・・・・と
酎ハイを傾けながら笑って話してくれた。

但し、そのホテルは金満経営がたたってあっという間に潰れたのだが。

「お客様の笑顔見たり、俺を信用して来てくださった方が
いなくなった・・・となればどう思う?やっぱりいい気はしないよな。」

いや、僕もう辞めるんですけど・・・・・と
喉まで出かかって言うのを止めた。

「健太、羨ましいよ。でも、帰ってくるならいつでも声を掛けろよ。
もちろん、俺のいるうちだけどな(笑)」
「はい。ありがとうございます。亀さんのいるうちにきっと・・・・。」
「バカだな。泣くんじゃないよ。俺もまだ死んでる訳じゃないだろ(笑)」
「ふぁい。すびばせん・・・・。」
「鼻かめよ。きたねぇなぁ・・・・(笑)」

いい加減酔って、泣いた自分が止められなかった。
自分のふがいなさを身に沁みて知った夜だった。
でも、ここから引き返せない。

後日、亀さんから
「支配人に言っておいた。少しだけど退職金も出るから。
総務に行ってこい。それと支配人にちゃんと挨拶してこい。」
と言われてあっさりと退職した。

なんだか、凄く複雑だったけど入るときには必死でも
会社を辞めるって案外あっさりしたもんだな。
お世話になった人達に挨拶回りをしながらぼんやり
そんな風に思っていた。

次の週には長野にいた。

ゴールデンウィークの前には来て下さい・・・・と、
あったからだ。
まだ、見も知らぬ長野で何が出来るんだろうか。
少しの不安と謂われのない希望を持って
駅に着いた・・・・。

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