#12 高校時代の自分②
毎年誰かしらが言っているであろうセリフ
『今年の花粉はやばい。』
『今年の1年ナメすぎ。』
私は高校の野球部に入部して早々、身に覚えのない出来事にたくさん頭を悩ませた。
同期はすでに派閥ができており、会話に入れてもらうことができす、
いじってくる時にだけ気安く話しかけてくる始末。
同期のチームメイトから雑に扱われた話はまだ終わらない。
私の携帯を取り上げられ
当時片想いしていた女の子に告白のLINEを送られて
結果、振られたこともあった。
若い時から色んな人とコミュニケーションをとった方がいいとよく言われるが、間違いないと思う。
色んな人と関わった経験がないと、信用できる人とできない人の区別がつけられない。
当時のハジメ少年は見た目も地味で力も弱く
なにせ滑舌が悪かったのでチームメイトからすれば都合のいいカモだったのは言うまでもない。
野球部以外の同級生にも恋愛に関することで授業中にいじられることもあった。
いじられキャラだからといって、誰にいじられてもいい訳では無い。
信用している人からのいじりなら別だが
そうでない人は逆に自分がいじられてもいいようなネタをもってこい。
話はそれからだ。
安全な場所から石を投げつけて逃げるような輩が多かった。
入部して早々、先輩に同期全員がボコられる
これは入部してまだ1ヶ月も経っていない時に起こった出来事。
4月の末となると気温も上がってくる時期であり、高校野球の環境に慣れていない私たちは朝から夕方の練習を終え、毎日へとへとになって帰っていた。
制服に着替えて、何時の電車で帰るー?なんて話をしていたら
先輩達が
「1年全員グラウンドに集まれ。」
と号令がかかった。
もう練習は終わったはずなのに、まだ何か練習があるのかな?と思っていた。
バットを肩に担いでいる先輩もいた。
このことが後に新聞にも取り上げられるような出来事になることは
私も先輩も思っていなかったであろう。
先輩が1人こっちに歩いてくる。
「お前ら、今から俺が言ったことを円陣組んで全員で叫べ。そのあと逃げろ。」
ちょっと何言っているかわからない。
そして、先輩や先輩の彼女の悪口などを私たち同期全員で大声で言わされ、
私たちは全力で逃げた。
悪口を言われた(言わせた)先輩が私達を捕まえようと追いかけてくる。
逃げて10秒くらいで捕まった同期もいた。
私はとりあえず足の速そうな同期について行った。
渡り廊下の屋根の上に身を潜めていた。
気づけば2時間くらい経っていた。
このまま隠れていれば先輩達は諦めて帰ってくれるだろう。と思っていた。
だが待てども待てども帰らない。
そろそろ移動しようと思って渡り廊下の屋根から降りた途端先輩に捕まった。
どうやら、全員捕まるまで帰ってくれるわけではなかった。
出来レースもいいところだ。
そんな暇があるならバット振ったり走ったりできただろう。
グラウンドに連れられ
胸や背中を蹴られ、ケツバットをフルで受けた。
スマホで動画を撮影してケラケラ笑っている先輩もいた。
お尻の感覚が麻痺し、やがて蚯蚓脹れのようなものができていた。
帰りの電車もお尻が痛すぎて座れなかった。
その日の2日後は遠足
その次の日は大学訪問と、バスに長時間座る日が続いた。
痛すぎてまともに座れず、ほぼ空気椅子でバスに揺られていた。
数日経ったところで腫れは治まらずただただ痛かった。
そして1ヶ月後、このことが学校に知れ渡った。
誰から学校に伝えたかは知らないが
その日は学校の球技大会の前日で準備をしていた。
いきなり校内放送が流れ、先輩の名前が次々と呼ばれていく。
その数時間後、我々1年生が全員会議室に呼ばれ、その日に何があったかを一人一人話し、そのあとマネージャーも呼ばれ……
とても球技大会の前日とは思えないほどどんよりとした気持ちで帰った。
ちなみにこの日は6月5日だった。
鮮明に覚えている。
球技大会が終わり、ある日の昼、校内放送が流れた。
話しているのは校長先生だった。例の鬼ごっこ事件の一部始終を全て話していた。
何も知らないクラスメイトは、ただ黙って聞いているだけだった。
なぜあの日が6月5日だったことを覚えているのか。
私は記憶力がいい方ではないが、記憶ではなく心で覚えているような出来事は何年経っても忘れることはない。
その日は、当時大好きだった西野カナの新曲の発売日だった。
練習後、最寄駅の近くのTSUTAYAでCDを買い、ウォークマンに入れるという私の発売日ルーティンが楽しみだった。
球技大会の準備が終われば真っ先に帰るつもりだった。
それなのに、誰も得をしない鬼ごっこに参加させられ、私たちは被害者なのに世間からすれば「あの高校が、あの野球部が」とあたかも加害者にも見られなくもない立場になり、帰りの電車は夜9時半発。およそ5時間もロスだ。
それでも、明日買えばいいやとはならなかった。
坊主頭で、高校名が書かれたエナメルバッグを肩にかけて、
補導される覚悟でTSUTAYAに向かい、
「Believe/西野カナ」と書かれたCDを買い、
夜10時過ぎに帰って母親にひどく怒られた
高校1年生の6月5日を私は忘れない。
私をカモにした人物は同級生や先輩に留まらない。
次回の#13の記事では野球部の監督について書こうと思う。
読んでいただきありがとうございました。