橋の欄干に座り、隠し持っていたセブンスターを吸い込む。 背後を何台もの車が通り過ぎるけど、私のことなど見えていないようだ。 安心して、橋の下を覗きこむ。ボーッとしていると何時間でも居られそう。 「落ちても一回で死ねなかったら、後遺症とか残って、もっと苦しむんだろうか…」 ここまで冷静に考えられたのは、この日は雪だったから。橋の上は雪が膝丈くらいまで積もっていて、スニーカーに染み込む冷気と湿気が、私を我に返らせたのだ。 精神科の病棟から抜け出した…。フラッと出てきたと
『痛み』に特化した買い取り業者が存在することをご存知ですか? この世の『痛み』を買い取って、また売りに出すんです。そんな買い取り屋と出会った梅雨の話。 *** 朝目覚めると全身が痛い。デスクワークで腰がやられたことと、生理が重なり鈍痛が襲う。食事をとることもままならないから、そのまま水で鎮痛剤を飲みこんだ。 病院で処方してもらっている鎮痛剤。こういう緊急事態もあるから、なるべく胃腸に優しいものを選んでいる。本当は胃に何か入れてからの方がいいんだけど、たっぷりの水でのみ
ささのはさらさら のきばにゆれる おほしさまきらきら 七夕は雨がいい。でも当日だとみんなの願いが叶わないから、七夕前夜は雨がいい。 七夕前夜に降る雨は、『洗車雨』と呼ばれている。彦星が織姫に会いにいくために、天の川を舟で渡る。 舟が水をきって進む。水しぶきが雨になって降るんだ。 力いっぱいに漕げば漕ぐほど、どしゃ降りになる。彦星が織姫を思う気持ちが強いほど、雨は激しく降る。 おほしさまきらきら きんぎんすなご あなたは、小さな頃だいぶ親にいじめられていたと話した。
「なんだか仕事に向かいたくないな」と、気晴らしに散歩をしている。朝の静かな農道を速足で歩く。追われるような不安から逃れたい。 イヤホンで耳をふさぎ、行くあてもなく、ただ真っすぐ歩いている。遠くの公園に行こうか、それとも反対側の神社で祈ろうか、それすら決まらない。 すれ違う車のスピードに、乗車している人の充実を感じる。はあ・・・と、ため息をついてイヤホンを耳から外す。やけにカエルの鳴く声がやかましく感じた。 ふと、視線を農道わきの田んぼに落とす。水を張られた田には、空と山
お弁当の思い出といえば、茶色だ。 とくに高校時代は、毎日お弁当を持っていく。共働きの両親の代わりに、ばあちゃんが毎朝こさえてくれた。 弁当の中身は煮物や漬物が中心で、ウインナーや卵焼きもあるけど印象は茶色だ。それが嫌で嫌で仕方がなかった。 お昼になり、骨つき唐あげやミニグラタン入りのお弁当をたべている友人がうらやましかった。 フォークでピラフをつつく友人の隣で、私はさつま揚げの煮つけを食べていた。もちろん箸で。 ちなみに煮物入りの弁当は、よく汁もれを起こしていた。自
イベントごとってつらいですよね? もう思い出せないくらい前から、イベントが大嫌いです。 息苦しくって、しんどくって。 家族がいたら?いたらいたで大変ですよ。 周囲がワクワクと浮足立っているほど、辛さが増すので、年を追うごとに卑屈になります。 「一緒に高級老人ホームに入ろう!」と愚痴りあっていた友人は、私が寝込んでいる間に、遠くへ引っ越してしまい音信不通です。 笑止 わらって吹っ飛ばすほどの元気もなくなってきます。 何が足りないんだ。何が欲しいんだ。 それすら
北側の階段だけ残された校舎を、私たちは何時間でも見ていた。 校舎裏の桜の木にのぼっていたら、二階の先生と目があって、下級生が掃除をしているなか正座させられたこと。 先生があんまりに水泳の授業に力を入れるものだから、地域の水泳大会で全員入賞できたのはいいけど、夏休み明けに学習ワーク地獄だったこと。 学校で猫を飼いたいと誰かが言えば、授業つぶして一日中はなしあったこと。(わたしが数学ができないのは、きっとこのせい!) ちいさなちいさな町の小学校での思い出は尽きない。 そ
「じゃあさ、死んでもいいよって言ったらどうするの?」 彼女は、緑茶ハイの梅割りを飲みながら微笑んだ。ここに来て一杯目、乾杯のときは、ビールに氷を入れていたっけ。 高速バスで6時間かけて会いに来てくれ、一通り話してから、彼女はこう言ったのだ。 今まで他の人に、どんな弱音や愚痴を吐いても、これ以上の優しさを感じたことはなかった。 私は、安堵とともにビールを一気に飲み干した。 彼女は、高校時代の友人だ。同じ部活で汗を流したと言えば聞こえはいいが、実際には仲はそれほど良くな
着替えなんて持ってきていなかったから、濡れたTシャツとジーンズのまま、大通りを歩いていた。 財布の中には230円。なんとか帰りの電車賃だけある。駅まで徒歩30分。 「つかれた・・・」 はじめて訪れた球場をあとにして、駅まで歩を進めるしかない状況に、足はどんどん重くなる。 幸いにも雨はやんでいたが、たよりない暖かさしかない季節だから、なかなか洋服は乾いてくれない。 「こんなんだったら、もう少し長く居ればよかったな・・・」 とか考えていたら、コンビニが見えたので思わず
バンっと、オーブンが爆発した。 あまりの忙しさに、ガスオーブンの6ヵ所ある火元のうち、4ヵ所しかつけなかったから不完全燃焼を起こしたのだ。 「大変失礼いたしました!」いつもの調子で声を張り上げる。しかし、誰も反応してくれない。 キッチンとホール、焼き場に一人ずつしか店員はいない。 よっぱらって騒ぐ客の声に、オーブンの爆発音さえもかき消される。 ここは居酒屋、いっぱいいっぱい。 「一杯ひっかけて、くつろいでください」との意味が込められているらしいが、店員の本心を代弁
味噌汁をつくろう まず大根の皮をむき、一口大に切りそろえる 皮むき器が大根をかすめる音はスタイリッシュに奏でられる シュリッシューッ、シュリッシューッ そろそろと湯をわかしている鍋からは、軽快なリズム隊があらわれる シュリッシューッ、ぽこぽこ、シュッ、ぽこぽこ、シュリッシューッ 根菜類は水から湯がいたほうが美味しいというセオリーは、覆すためにある 今日の好みは千切り大根なので、うすく輪切りにしたのちに千に刻む いいかい?輪ののちに千になるのですよ とんかとん
令和という新しい年号が発表され、また四月が来た。 とことんまでに冷えている。雪国の春は、まだまだ遠い。 吹き飛ばされるほどの風をまとってローズマリーが我が家にやって来た。 サクラ並木に惹かれて、この住まいを選んで一年が経とうとしている。 初めて、植物を招きいれることができた嬉しさよ。 まだホームセンターから買ってきたばかりで、黒いポットを着ているローズマリー。 鉢受け代わりに、豆腐(3パック98円)の容器を履いている。 花が咲くのを楽しみに、私もライターの芽を萌
そっと部屋の電気を消す シャワーを浴びて火照った身体が冷えるとともに、眠気がおしよせてくる あらがえない脱力感に誘われ、寝床へ吸い込まれていく 一度伸びをすると今日の疲れが頭を重くする 生きているうちに、あとどれくらい寝て起きてを繰り返すのだろう 波の満ち引きのようのに、私は寝床と作業机を行き来している サラリーマンも主婦も農家も皆おなじ行ったり来たり 心地よい波を探して沖にでるも良し、浜辺に城を築くのも良し なんてnoteの書き出しを考え始めていたら、急に騒
3日寝ていた。 よくこんなに寝ていられるものだ。 2~3日寝込むことが当たり前になって、どれくらい経つだろう。 呆れるより、久しぶりの重力に愕然としながら、起き上がる。 スマホをさぐり重要な通知がないか目をこらすと、ネットで回答した一口500円のアンケートに不備があったと連絡がはいっていた。 ぺったりと張りつく髪の毛の不快さをぬぐりながら、PCを開く。 PCの動作が遅く感じられ、なかかな開かないページに、声を出して「早く」と唱えている。 愚痴をこぼすたび、凝りか
最後に… ご飯の味がしたのはいつだろう 食べたいものを食べ、飲みたいものを飲み暮らしてきたはずだ でも最近、ひどく美味しくないのである 他人に評価されるものほど美味しいと感じる イイネされるほどにマヒする、満腹中枢 寝起きとともに飛びのり自転車をこぎながら頬張った、ばあちゃん作のオニギリ ばあちゃんは毎朝必ず「中身は何がいい?」って聞いてくれて でも電車に乗り遅れそうだし朝シャンはしたいしで いちいち聞かれるのが頭にきて 自転車に乗りながらオニギリを道路に