「べき思考」がなくなると、「生きづらさ」が緩和する
「べき思考」は生きづらさを助長する
心理学を学び始めて1年1か月が過ぎた。
今年に入ってからは通学時に学割も使える正科生となり、さらに本格的に心理学を学んでいる。
前期の授業で「カウンセリング」を学んでいるのだが、その中で「ああ、だからか」と腑に落ちることがあった。
それは、カウンセリング後に見られる、クライアント(相談者)の変化についてである。
中でも「べき思考がなくなる」という部分にハッとした。
というのも、まさに私がそうだったからだ。
カウンセリングで気づいた自分の「べき思考」
私は約1年半前に数日間かけ、カウンセリングを受けた。
それによって、自分がアダルトチルドレンであることを自覚し、何十年も蓋をしてきた心の奥底に潜む怒りに気づくことができた。
さらには、その怒りの根底には「愛されたい」という思いが隠れていることも知った。
ずっと目をそむけてきた「自己の内的な体験」を直視できるようになったのだ。
これによって、「本来の自分」を受容でき、ありのままの自分を認めてやることができた。
つまり、カウンセリングによって、心の治療ができたのである。
といっても、アダルトチルドレンを完全に脱したわけではない。
心理学を学びながら、今も絶賛「自己治療中」だ。
「べき思考」とは?
徐々に本来の自分を受容する中、特に変化したのは「べき思考」がほぼ消えたことだ。
「べき思考」とは、「~すべきだ」「~しなくてはならない」という考え方にとらわれてしまっていることを指す。
これはもう「地獄」としか言いようがない。
自分で決めたルールに縛られ、疲れ果て、最終的には自滅してしまう。
厄介なのは自分だけではなく、他者にも「べき思考」を強いてしまうこと。
自分と同じようにできないと、相手をさげすんでしまうのだ。
正直に言えば、仕事上で「締め切りは守るべきだ」という考えは残っている。
だが、プライベートにおいての「べき思考」は跡形もなく消え、他者のあり方を受容できるようになった。
「人は人、自分とは違う人間なんだから」と思うようになったので、イラっとすることもほぼなくなった。
これは私にとって、最も大きな変化である。
「べき思考」の根底にあるのは「他者の目」
この「べき思考」がなくなると、「他者の期待に応える」「他者を喜ばせる」という考えからも解放される。
「べき思考」は一見、自分に向けてのものに思えるが、実はそうではなく、中心にあるのは「他者の目」。
他者の目、評価が気になるから、「べき思考」で自分を縛り付け、必要以上に律しようとしてしまうのだ。
たぶん、いや、私にとっては確実に、この「べき思考」が認知の歪みの遠因であり、生きづらさを助長していたのだと、今になって実感している。
カウンセリングの勉強をしていると、自分が何を抱え、何に苦しんできたかがよくわかる。
そしてまた、自分の癒し方も。
「べき思考」にとどまらず、これからも学びを通し、生きづらさの主因、遠因を探っていく。
カウンセラーを目指しているわけではないけれど。
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