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「操酒」(そうしゅ)という考え方


「操酒」にいたった4つの理由


昨年の晩夏~初秋くらいから酒の量を大幅に減らしている。

最初は血液検査の数値をよくするための一時的なものと考えていた。

しかし、継続しているうち、いつの間にか酒を飲むことが日常から非日常になっていった。
どちらにしても、酒量を減らしたいと思っていた。

それには以下、4つの理由がある。

①コロナ禍で酒量が増え、依存症になるのではないかという不安があった


現在、仕事はコロナ前と変わらない程度に戻ってきたが、一時は眠れなくなるほど仕事が激減し、常に失職不安がつきまとっていた。

不安を打ち消すため、夕方早めの時間から酒を飲むクセがつき、業務用のウイスキーがあっという間に空になったこともある。
さすがの私も「これではアルコール依存症になる」と思い始めた。

②逆流性食道炎になってしまった


区の検査で胃カメラ検査をしたところ、逆流性食道炎であることが発覚。
自覚症状は胃もたれ程度だったが、医師から「このまま放置すると服薬が必要になる」と言われる。

薬はできるだけ飲みたくない。

血液検査で中性脂肪の数値も高かったこともあり、「お酒はできるだけ控えてください」と注意を受ける。
ちなみに肝臓の数値は毎度のことながら良好だった。

③仕事への責任感


「酒の飲み方を説いている人間がこんな状態でいいのかと」と思うようになった。
今のペースで飲み続ければ、そう遠くない将来、カラダにガタがきてしまう。
そんなことになったら、説得力なんてあるわけない。
仕事を発注してくれる編集部や企業にも申し訳ないと思うようになった。

④学びの時間が欲しかった


科目等履修生として、大学で学ぶようになったのも大きい。
仕事をしながら大学の勉強をするとなると、早朝か夕食後しかない。
酒を飲んでいると、授業の内容が全く頭に入ってこないのだ(当たり前)。前期のテストの結果を見て、知識をきちんと吸収するには、シラフでないといけないことが身に染みてわかった(恥)。

とまあ、こんな理由から酒の量を減らしたのである。

これって、「減酒」とか「節酒」という言葉が当てはまるんだろうけど、何だかしっくりこない。

「減酒」ではなく「操酒」という考え方


ふと頭に浮かんだのが「操酒」(そうしゅ)という言葉である。
自らの意志で酒の量や、飲む日数をコントロールし、酒を健康的に愉しむというものだ。
「自ら」という部分が実はとっても大事。
ガマンしている感があると、こういうことは絶対続かないからだ。

継続するには適度な緩さも必要で、「たまにやらかすことがあってもいい」くらいに思っておくといい。
年末、実際に私も「酔って人様の靴を履き間違えて帰宅する」という失態をやらかした。
人間、やらかすと反省するので、それ以降(まだ今年が始まって短いけど)はやらかしてない。

「酒をカンペキにコントロールしちゃってるゼ、私」と思うと、ちょっと自分が誇らしくなる。
「酒の誘惑に勝てる自制心のある自分」でいられると、自己肯定感も上がる。

得られるものがある一方で、夏に増えた体重を手放すことができた。
大学の勉強の結果がわかるのはもう少し先だが、前期よりちょっといいのではないかと思っている。

若いうちは、飲めるうちにいっぱい飲んでおこうと思っていたが、人生まだ半ば。
うまくいけば平均寿命までだいぶあるので、長く、そして健康的に酒を楽しむためにも、「操酒」で酒量を上手に調整できるようになっておきたい。


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