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うつ病患者、高田馬場のとんかつ屋「とん太」に行く

そうだ、高田馬場のとんかつ屋、とん太に行こう。
そう思ったのは6月5日水曜日のことだった。


この日は朝から体調が良くなかった。
午前3:00ごろに目を覚ましてしまい、もう一度起きた時刻が
午前5:30ごろ。睡眠薬を飲んでもよく眠れた感覚がなく
お気に入りの近所のカフェでコーヒーを飲んだり
好きな本を読んだり、アニメを観ても
気分が良くなることはなかった。


こういう場合の自分の気分回復法は、「美味しいものを食べる」ことだ。
とん太を知ったきっかけは、「遅いインターネット」というWEBマガジンに掲載されていたとん太の記事だ。

とんかつ自体は好きな食べ物の一つで
かつて高田馬場にあった「なりくら」や
車力門にある「ちゃわんぶ」、神楽坂にある「憲進」など
都内で美味しいと言われている
とんかつ屋には行っていて、それなりに経験値があった。


しかし、とん太は行ったことがなかったので
どんなとんかつを出すのか興味があった。


加えて、とん太は食べに行くハードルが高いお店だ。
2024年7月時点では、水・金・土曜日の夜営業しかやっていなかった。
そしてこの日は丁度水曜日だった。

美味しいものを食べて体調を回復する。
そのために電車に乗り
1時間ちょっとかけて高田馬場のとん太に向かった。

店内メニュー
水・金・土の夜営業のみ

ところで、僕が飲食店に行くとき、最も注意を傾けるのはお店の「音」だ。
料理を調理する音、店内のBGM
従業員の接客時の話し方、話し声の声量、声のトーン、
言葉遣いまでふくめて、料理が出てくるまで観察する。


そのお店の「音」が、お客にとって不快な音でないかをチェックする。
良い「音」があるお店は美味しい、というのが僕の持論である。


そういった意味で、とん太に入店した時
最初の印象はとても「静か」なお店だった。


とんかつを揚げる音も、低温で揚げているのか
僅かな調理音しかせず、従業員とのやり取りも
殆どメニュー名を伝えるのみ、という必要最低限のやり取りしかなかった。


だが、厳粛な雰囲気ではなく
居心地のよい柔らかな空気が店内に満ちていた。
他のお客さんもその雰囲気を察してか
必要以上の声量で会話することはなかった。
「ここは美味しいお店だ」と料理が出てくる前に、もう確信した。


そのうち、客席のいくつかで「パチパチ」という音が聞こえてきた。
なんだろう、と疑問に思っていると
自分の席にごまとすり鉢が配膳されてきた。どうやらこのお店は
ごまでとんかつを食べる方法もあるらしい。


他のお客にならって自分もごまを擦り始めた。
まるで線香花火が弾けるような柔らかい音が客席の所々に鳴り始めた。

ごまとすり鉢


やがて、注文した「特ヒレかつ定食」が運ばれてきた。
ご飯、豚汁、ヒレかつ、そしてお新香だ。

お新香
特ヒレかつ
ご飯
豚汁


まずはキャベツの千切りからいただく。
美味しいとんかつ屋のキャベツの千切りは
刺々しさや青臭さがなく、雪のようにふわりと舌で溶ける。


とん太のキャベツも、刺々しさや青臭さはない。美味しいキャベツだ。
ソースをかけていただいた。


次はヒレかつだ。
僕はとんかつを食べるときは、すべて塩で食べると決めている。
そのほうが、お肉そのものの味わいを引き出してくれる
と思っているからだ。


しっとりとした柔らかいヒレは、歯に負荷がかからず、スッと噛み切れる。絶品だ。
ご飯も粒が立って甘く、豚汁は出汁がしっかりと効いてジューシーだ。


だが最も感銘を受けたのがお新香だった。
まずアスパラガスのお新香が出てきた時に驚いた。
そんなとんかつ屋は経験したことがない。

アスパラガスのお新香



アスパラガスの旬は4月下旬から6月ごろだ。


このアスパラガスのお新香が
春の終わりと初夏の訪れを感じさせてくれた。
お新香で季節が味わえる。初めての体験だ。


そして味も秀逸だ。よく浸かっているお新香は
深みがあって奥行きのある味わい。それでいて
ご飯と合わせる必要がまったくない。
ご飯のお供、ではなくお新香のみで完結している味わいだ。


大抵「ご飯に合う」「ご飯が進む」という文言がついた料理は
その料理自体がしょっぱくてご飯で中和させる、といった味の場合が多い。
しかしとん太のお新香はご飯をおともにする必要がない。
それ単体で完結している料理だ。


ご飯を豚汁を食べ終え、ヒレかつも食べ終え
最後に残したのがお新香だった。
これほどまで美味しいお新香は
最後まで残してじっくりと味わいたかったのだ。
食べる終わるときは名残惜しさを感じたくらいだ。


僕はうつ病になり、4月から休職してから
とにかく回復に努める生活を繰り返していた。
朝散歩をして、太陽の光を浴びて
好きな本を読んだり、好きなアニメや映画を観た。


でもそこには季節感がなかった。
自分の外の世界では四季が移ろいでいるのに
それを感じることがなかったのだ。とん太のお新香を食べるまでは。


気づけばその日沈んだ気分はすっかり元に戻っていた。
とん太の料理、とん太のお新香を食べることで
日本の季節を感じ、自分と自分以外の世界との
つながりを再認識し、回復させてくれた。


食事を終え、6時過ぎにお店を出た。
外はまだ明るく、青い空に夕暮れ時のオレンジがかった
グラデーションような空が広がっていた。日は長くなっていた。


夏はもうすぐだな、と思いながらとん太の料理の余韻に
ゆっくりと浸りながら帰路についた。悪くない一日だった。


最後までお読みいただきありがとうございました。


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