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うつ病患者が「ショーシャンクの空に」を観る② ~アンディにもレッドにもなれない僕たちは刑務所の中で『遊び方』を模索する~

今回の記事は、前回の記事「ショーシャンクの空に」の感想の続きだ。

前回の記事では、アンディが刑務所の外に出る=社会の「外部」
人生の「外部」に出るという行為が
もう現代社会では無効化されていること。

そのうえで、「ひとりあそびの教科書」という本をてがかりに
この映画を観るキーワードとして『遊び』『遊び方』に着目した。

ここで劇中で登場した『遊び』をいくつか振り返ってみよう。


劇中で登場する『遊び』は、チェス、本、音楽
キャッチボール、映画鑑賞などだ。


これらの遊びには全て決まったルールがあり、刑務所から与えられた、
あるいは主人公のアンディから与えられた遊びだ。


刑務所=社会システム、人生の比喩と捉えた場合
そこに個人の意志が介入する余地はあるのだろうか?


作品の中盤でアンディは音楽を収容所全体に流し
そこにいる囚人たち全員が傾聴しているシーン。
その直後のシーンに登場する、「音楽と希望は誰にも奪えないものだ」
というアンディのセリフ。



確かにいいシーンだ、感動的だ。
だが、現代の情報社会に果たしてどれだけ還元できるシーンなのか?


さらに上記で登場した遊びは、すべて目的を持っている『遊び』だ。
劇中で登場人物であるレッドが
「刑務所では何かしていないと気が変になる」というセリフがある。


つまり、劇中で登場する『遊び』は
刑務所=社会、人生の退屈や暇や苦難を紛らわせるという
「目的」をもっているということになる。


ここで冒頭で紹介した「ひとりあそびの教科書」について
簡単に紹介しよう。


この本は、情報環境の整備によって常時接続された社会において
「みんな」で『遊ぶ』のではなく
「孤独」に「ひとり」で『遊ぶ方法』が書かれた本だ。

著者の趣味である、ランニング、虫の観察
模型作り、読書などが紹介されている。


そして「孤独」に『遊ぶ』際に、この本は4つのルールを設けている。
①人間以外の「ものごと」とかかわること
②「違いがわかる」までやること
③「目的」を持たないでやること
④人と比べないこと、見せびらかさないこと


この本のルールを「ショーシャンクの空に」に適用した時
注目すべきは①と③のルールだ。


劇中の刑務所は人間で溢れていて、人間関係の構築を余儀なくされる。
そして、劇中で登場する『遊び』は、「気が変にならないため」という
目的に基づいて行われている。


目的を持った『遊び」は、その『遊び』から受け取れる快楽も
ある程度予想できるものだ。
そのある程度予測できる『遊び』の快楽を投じて
刑務所内を住みやすく整理しても、アンディは脱獄せざるを得なかった。


そのため、この脱獄のシーンは、自由を得るための勝利のシーンではなく
『遊ぶ』ことで世界は変えられない
人生を豊かに出来ないと悟って逃走した、敗北のシーンなのだ。


劇中でアンディが行うべきだったのは、脱獄ではない。
刑務所内で、目的を持たない
オリジナルの『遊び』と『遊び方』を生み出して
他の囚人たちに伝達させることだったのだ。
それによって刑務所=社会システム
人生そのものと拮抗していくことだったのだ。


「外部」がないこの現代の情報社会で
もうアンディのように脱走はできない。
現に劇中でも、アンディのあとに続いて脱走を試みた囚人はいない。


刑務所=社会から与えられた『遊び』ではなく
自分たち独自の『遊び』『遊び方』を思索すること。
それは、あらかじめ存在する『遊び』から受け止める快楽を予測出来ず
各自オリジナルの思考と過程が介入する。


この映画の中には、現代社会を反映したモデルケースとなる人物はいない。アンディもレッドにも、もうなることはできない。
刑務所の中にいる無数の囚人のひとりだ。


おそらく「ショーシャンクの空に」から現実に持ち帰ることのできる
要素は、刑務所の中の無数の囚人のひとりとして
オリジナルの『遊び』を生み出し、『遊び方』を思考し続け
刑務所という社会システム、人生に対抗し続けることなのだ。


個人的な話になるが、自分は今うつ病で4月から休職している。
6月からようやく体調が回復の兆しをみせたため
生成AIを使用して『遊ぶ』ことをしている。


Stable Diffusionという画像生成AIを使用し、プロンプトと呼ばれる
単語を入力して、AIに画像を生成してもらう。
この時、生成した画像を他の人に見せびらかしたい、この画像を
SNS等に投稿して有名になりたい、といた目的はない。


ただAIで『遊ぶこと』それ自体が楽しく
遊ぶことそれ自体が目的になっている。


さらに、画像生成AIに、自分の趣味である、アニメとファッションを
取り込み、動画生成AIと音楽生成AIを掛け合わせて
オリジナルのAIファッションショーなる動画も制作した。


ここには自分オリジナルの思考やプロセスが介入している。
この『遊ぶこと』『遊び方』そのものを楽しむ行為が
たまらなく愛しいのだ。

オリジナルのAIファションショー①
オリジナルのAIファションショー②
オリジナルのAIファションショー③


「ショーシャンクの空に」の刑務所が、社会システム
人生そのものの比喩なら
自分にとってはうつ病の状態が刑務所のようなものだ。


このうつ病の状態で『遊ぶこと』『遊び方』を絶えず模索して
現代社会と人生に対抗して距離感を探り続けていくのだ。


最後までお読みいただきありがとうございました。


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